琴棋書画。 |
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【問題】 たとえば、 『阿氏 (あし)』⇒『与氏 (よし)』 ⇒『良 (よし)』 だとすると、『その先』は? B:『平』 C:『藤』 D:『橘』 【 参考資料 】 『氏』の例を、 いくつか、挙げると、 以下のようになる。 『良』=『よし』 『吉』=『よし』 『吉田』=『よしだ』 『吉田』=『きった』 『橘田』=『きった』
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by zouchan-land
| 2025-09-12 14:39
| 韓国語 (日本古代史など)。
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by zouchan-land
| 2025-09-10 16:00
| 絵画 (お絵描きなど)。
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むかし、むかし、
あるところに、 『大和 (ヤマト)』 という『クニ』が、あった。 おそらく、 『大和』の『大』 =『大山 (大山津見)』の『大』 『大和』の『和』 =『和田 (綿津見)』の『和』 だろう。 そして、月日が流れ、 『大和』⇒『奈良』 と、成った。 おそらく、 『奈良』の『奈 (な)』 =『那賀 (那家)』の『那 (な)』 だろう。 【 問題 】 『奈良』の『良』に、 繋がる『系譜』は? ア:阿氏 イ:李氏 ウ:宇氏 【 参考資料 】 『古事記』には、 『葦原 (アシハラ)』 という『地名』が、 出てくる。 また、『イネ科ヨシ属』には、 『葦 (ヨシ)』 という『植物』が、ある。
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by zouchan-land
| 2025-09-08 10:09
| 韓国語 (日本古代史など)。
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【 これまでのあらすじ 】 『知識を ”知恵” に変えろ!』 たとえば、 『古事記』の知識が『10』 『風土記』の知識が『10』 『魏志倭人伝』の知識が『10』 あったとする。 『10+10+10』=『30の知識』 を、持つに至るだけで満足するよりも、 『10×10×10』=『1000通りの考え方』 が、できるようになった方が、疲れる。 そして、それは、 『心地良い疲労』 となる。 それを実践したのが、 今回の『考察シリーズ』となる。 導き出した結論と、 それとは別に導き出した結論を関連させ、 新しい結論を導き出す事もできる。 さて、たまに、 耳にする『言い回し』として、 『1% の可能性が、あるならば ~』 という、『言い回し』がある。 『確率』の『1%』 『割合』の『1%』 は、別物なのだが、 『全200話』の、 『考察シリーズ』のうち、 『1%』 が、『真実』であるとしたら、 どうなるだろうか? 『2話』に相当する『案件』が、 『真実』となるのか? ・・・と、いうと、 そうは、ならない。 この『考察シリーズ』は、 『冗談半分』 である。 つまり、 まじめな考察は、半分。 となる。 すると、 200/2 × 0.01 = 1 すなわち、 『1話』に相当する『案件』が、 『真実』となる。 この『考察シリーズ』に、 『真実』が、紛れ込んでいるか、 否かは、別として、 『読者の心』に残る『考察』が、 『1つ』でも、あったのならば、 『執筆者』は、『大満足』となる。 たとえば・・・? あなたは、 この『考察シリーズ』を、読む以前、 『古事記 ~ 倭建 (ヤマトタケル) 編』 の、 於是化八尋白智鳥翔天而向濱飛行 を、どのように『解釈』していただろうか? そして、この『考察シリーズ』を、 読み終えた、今ならば、 どのように『解釈』するだろうか? この『考察シリーズ』では、 『倭』=『和』 『建』=『田家』 『綿津見』=『和田』 と、している。 すると、 『倭建』=『和』+『田家』 =『和田家』 =『綿津見』の『系譜』 となる。 そして、 『白智鳥 (シロチドリ)』 =『白千鳥 (シロチドリ)』 =『チドリ目チドリ科シロチドリ』 だろう。 『ヤマトタケル』は、 あちらこちらに、 ふらふらしているので、 『千鳥足』の語源となった、 『千鳥』 は、わかるのだが、 『白』は、何を表しているのだろうか? この『考察シリーズ』では、 『東』=『木』=『青』=『木国』 『南』=『火』=『赤』=『火国 (肥国)』 『中』=『土』=『黄』=『邪馬台国 (宇佐)』 『西』=『金』=『白』=『金官伽耶』 『北』=『水』=『黒』=『出雲国』 『鳥』=『通訳者』 『阿師』⇒『阿氏』=『通訳者』 と、している。 また、『ヤマトタケル』は、 『西』に、『東』に、 『遠征』を、している。 すると、『ヤマトタケル』は、 『語学力』が、 高かったと、思われる。 そして、最終的に、 『日本列島』と『朝鮮半島』 の、『通訳者 (仲介者)』になったと、 考えられる。 つまり、 『千鳥阿氏 (ちどりあし)』 となる。 『チドリ目チドリ科』は、 とても、興味深い。 『チドリ目チドリ科』には、 『ダイゼン (大膳)』 という『鳥』がいる。 『大山津見』 ⇒『大山 (おおやま)』 ⇒『大山 (だいせん)』 ⇒『大膳 (ダイゼン)』 だろう。 また、この『考察シリーズ』では、 『多紀理毘売』 ⇒『多祁理 (たきり)』 ⇒『多祁理 (たけり)』 と、している。 『チドリ目チドリ科』には、 『タゲリ (田鳧)(田計里)』 という『鳥』がいる。 『多紀理毘売』 ⇒『多祁理 (たきり)』 ⇒『多祁理 (たけり)』 ⇒『タゲリ (田鳧)(田計里)』 だろう。 そして、『現代日本』。 『皇居』の『御濠』には、 『白鳥』 が、暮らしている。 『歴代天皇』が、 『転生』した『姿』 なのかもしれない。 そして、『今のあなた』。 『御濠』 を、どのように読んだだろうか? 『考察』についての『考察』~【 深層編 】 あとがき本編によると、 導き出した結論と、 それとは別に導き出した結論を関連させ、 新しい結論を導き出す事もできる。 と、なっている。 この『考察シリーズ』は、 『この作業』の『繰り返し』と、 なっている。 つまり、 『仮説』が、 『成立』すると、 『仮定』している。 もしも、 『根底』に存在する、 『仮説』が、 『成立』しない。 と、したら、 どうなるだろうか? そもそも、『考察』とは、 『何』だろうか? 『考察』 =『考』え、『察』する。 である。 つまり、 『考察』が、 『考察』として、 『成立』するためには、 『考』え、『察』する、 『必要』がある。 と、いう事になる。 ならば、 『全ての考察』が、 『考察』として、 『成立』しなくなるための、 『条件』とは? これは、『逆』に言うと、 この『条件』が、 当てはまる時、 『全ての考察』が、 『考察』として、 『成立』しなくなる。 となる。 たとえば・・・? 『とある人物』が、 『真実』を、知っていた。 とする。 そして、 『とある人物』が、 『真実』を、語った。 とする。 そして、【 問題 】。 『とある人物』は、 『考』え、 『察』しただろうか?
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by zouchan-land
| 2025-08-29 12:40
| 韓国語 (日本古代史など)。
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【 これまでのあらすじ ~ その1 】 『古事記 ~ 上巻』=『神話』 ・・・本当に、そうなのだろうか? 【 これまでのあらすじ ~ その2 】 『卑弥呼』と『天照』は、 『同時代』の『人物』。 すると、 『卑弥呼』と『三貴神』 すなわち、 『卑弥呼』 『天照』 『須佐之男』 『月読』 が、『同時代』の『人物』と、 いう事になる。 まずは、『三貴神』を、 考えてみよう。 【 これまでのあらすじ ~ その3 】 『天照 (あまてらす)』 =『天照 (あまてらし)』 =『天寺氏』 おそらく、その先は、 『天照 (あまてらす)』 =『天照 (あまてらし)』 =『天寺氏』 ⇒『尼寺』 だろう。 【 これまでのあらすじ ~ その4 】 『感神院』=『祇園社』 は、 『牛頭天王』 を、祀っていた。 『伝承』として残されているのは、 『牛頭天王』=『須佐之男』 である。 『感神院』の『院』 =『寺院』の『院』 『天之日矛』=『感神』 =『韓神』 =『大年』の『子』 =『国主』の『子』 =『須佐之男』の『孫』 すると、 『天之日矛』=『感神』 =『韓神』 の時代、 『感神院』という『寺院』 に、 『祖父 (須佐之男)』 を、祀ったと、考えられる。 【 これまでのあらすじ ~ その5 】 『月読』=『月氏 (つくし)』 =『筑紫 (つくし)』 =『筑紫 (ちくし)』 =『竺氏 (ちくし)』 『月読』=『筑紫国』の『統治者』 『月氏』は、 紀元前3世紀から、 1世紀ごろにかけて、 『東アジア』『中央アジア』 に存在した、 『遊牧民族』『国家名』 である。 【 これまでのあらすじ ~ その6 】 紀元前1世紀頃、 現在の中国東北部 (満州) 付近には、 『扶余 (부여 / プヨ)』 という国があった。 『扶余』の王子として生まれた、 『朱蒙 (주몽 / チュモン)』 は、『扶余』の地より南下し、 紀元前37年、 『高句麗 (고구려 / コグリョ)』を建国した。 そして、自らを『高氏 (고씨)』と名乗った。 『朱蒙』には、三人の息子がいた。 長男『瑠璃 (유리 / ユリ)』 次男『沸流 (비류 / ピリュ)』 三男『温祚 (온조 / オンジョ)』 の、三人である。 『瑠璃』は『高句麗』の、第2代王となったが、 『沸流』と『温祚』は、 朝鮮半島を、さらに南下し、 それぞれの国を建国した。 『温祚』が建国した国が、のちに、 『百済 (백제 / ペクチェ)』 となる。 『沸流』が建国した国は滅び、 『温祚』は『沸流』を迎え入れた。 『百済』は、のちに、『馬韓』を併合する。 『月氏』は、 『扶余』の『王族』や、 その『臣下』のように、 『朝鮮半島』を南下したと、 考えられる。 そして、その先が、 『筑紫国』 なのだろう。 【 これまでのあらすじ ~ その7 】 『竺』は、『インド』から、 『中国』に渡来した、 『仏教の僧侶』が、 『姓』とする事が多かった。 『仏教徒』となった『月氏』が、 『竺氏』を、『姓』としたと、 想定できる。 『月読』の『読』は、 『読経』の『読』なのかもしれない。 【 これまでのあらすじ ~ その8 】 『月読』=『月夜見』 =『月』+『夜』+『見』 =『月氏』+『여 (ヨ)』+『御』 =『筑紫』+『女』+『王』 =『筑紫国』の『女王』 『黄泉国』=『夜見国』 =『女王国』 『黄泉国』の『統治者』 =『伊邪那美 (黄泉津大神)』 『魏志倭人伝』には、 『卑弥呼』の死後、 『男王』を立てた。 その後、 『卑弥呼』の『宗女』の『壱与』を、 『王』とすると、国中が、平定した。 と、記されている。 『卑弥呼』の『有力候補者』として、 『月読』=『筑紫国』の『女王』 『伊邪那美』=『黄泉津大神』 が、挙げられる。 【 これまでのあらすじ ~ その9 】 『卑弥呼 (炎 / エン)』 ⇒『猿田毘古 (猿 / エン)』 ⇒『猿女 (猿 / エン)』 ⇒『役小角 (役 / エン)』 【 あらすじ 】の『系譜』に繋がるのは、 『月読』 となる。 『月』=『球体』 であるが、 『地上』から見る『満月』は、 『円形』 となる。 また、『青』という文字の『旧字体』は、 『靑』 となる。 つまり、 『青』=『靑』 『月』=『円』 となる。 すると、 『月読 (円 / エン)』 ⇒『卑弥呼 (炎 / エン)』 ⇒『猿田毘古 (猿 / エン)』 ⇒『猿女 (猿 / エン)』 ⇒『役小角 (役 / エン)』 となる。 【 これまでのあらすじ ~ その10 】 『大山国』⇒『山大国』 =『やまだい (やまたい) 国』 =『邪馬台国』 『大山津見』 =『邪馬台国』の『統治者』 『壱与』=『李家 (李氏)』 『石長比売』=『石長 (李氏+那賀)』 すると、『魏志倭人伝』における、 『登場人物』は、 『卑弥呼』=『月読』 『男王』=『大山津見』 『壱与』=『石長比売』 と、考えられる。 そして、 『卑弥呼』の『宗女』の『壱与』を、 『王』とすると、国中が、平定した。 の、『真相』は、 『大山津見』の『娘』であり、 『石長比売』の『妹』である、 『木花之佐久夜』 が、 『邇邇芸』の『嫡妻』 と、成った事により、 国中が、平定した。 と、考えられる。 【 これまでのあらすじ ~ その11 】 『刺国 (のちの、武蔵国)』の『獲加多支鹵』 ⇒『難波国』の『葦原許色男』 ⇒『出雲国』の『大国主』 『獲加多支鹵大王』の『寺』が、 『斯鬼 (のちの、志木市)』に、 『在』った。 すると、 『卑弥呼』 『天照』 『須佐之男』 『月読』 『大国主』 いずれも、 『仏教』に、 関与していた。 と、いう事になる。 【 これまでのあらすじ ~ その12 】 『魏志倭人伝』によると、 『卑弥呼』は、 『倭国』の『女王』であり、 『鬼道』を事とし・・・。 と、なっている。 『卑弥呼』が、『仏教』に、 関与していたのならば、 『鬼道』 の意味が、とても、 重要になってくる。 【 これまでのあらすじ ~ その13 】 『鬼神』発祥の地である『中国』では、 『鬼神』=『死者の霊魂』 となる。 『弁韓』では、 『鬼神』を、祀っていた。 『韓国』では、 『鬼神』=『귀신 (クィシン)』 =『幽霊』 となる。 『卑弥呼』が、事としていた『鬼道』は、 『鬼神を祀る事』の流れを汲んでいる。 『鬼』『神』『鬼神』 は、いずれも、 『地域』『時代』 により、『定義』が異なる。 『古代日本』における意味が、 『鬼』=『人』の『死後』 『神』=『貴人』の『死後』 で、あったのならば、 『弁韓』では、 『鬼神』を、祀っていた。 ⇒『先祖の霊』を、祀っていた。 となる。 また、『鬼道』は、 『魏志倭人伝』の執筆者による、 『見解』となる。 『魏志倭人伝』の執筆者にとっては、 『鬼』=『人』の『死後』 だとしても、 『卑弥呼』にとっては、 『神』=『貴人』の『死後』 だとしたら、 『鬼道』は、 『鬼道』⇒『神道』 となる。 そして、『古事記』の編纂当時、 『古事記』の『登場人物』は、 存命していない。 さらに、『古事記』の『登場人物』は、 『天皇家』 のみならず、 『日本』 の礎を、築き上げた『人々』である。 『貴人』 と言っても、差支えないだろう。 すると、どうなるのか? ・・・と、いうと、 『古事記』=『今は亡き、貴人』の『物語』 =『神 (=貴人の死後)』の『物語』 =『神話』 つまり、 『古事記』=『神話』 となる。 【 これまでのあらすじ ~ その14 】 『役小角』は、 『卑弥呼』が、事とした『鬼道 (神道)』を、 継承した人物。 『役小角』は、『鬼神』を、 使役できたとも、弟子にしたとも、 言われている。 『鬼神』=『死者』 で、あるならば、 『役小角』にまつわる『鬼神』は、 『鬼神』=『法的』に、存在しない『人物』 =『戸籍』がない『人物』 と、考えられる。 そして、詳細は割愛するが、 『戸籍』の前身は、 『檀家台帳』 となる。 つまり、『寺院』が管理していたと、 いう事になる。 『役小角』は、16歳の時に、 『志明院』を、創建する程の『人物』である。 『役小角』には、 『鬼神』=『法的』に、存在しない『人物』 =『戸籍』がない『人物』 を、生み出す事が出来る程度の『権力』が、 あったと思われる。 また、『役小角』は、 『修験道』の『開祖』 となる。 『修験道』は、 『古神道』 を、基礎とし、 『仏教』『山岳信仰』『密教』 などが、『習合』された『信仰』となる。 時代が、離れているので、 完全一致とは、ならないと思うが、 『卑弥呼』の『鬼道 (神道)』 ⇒『役小角』の『古神道』 だろう。 さて、『役小角』の別名として、 『賀茂役君』 が、ある。 そして、『賀茂』には、 『須佐之男』の『末裔』 という伝承が、残されている。 【 これまでのあらすじ ~ その15 】 『須佐之男』=『須賀 (須家)』 『須賀』⇒『蘇我』 『蘇我蝦夷』が、『天皇記』を、焼いた。 もしも、 『須佐之男』 ⇒『蘇我』 ⇒『役小角』 が、繋がるとしたら、 どうなるだろうか・・・? 【 まとめ 】 『古事記』が、編纂された時代の、 主な出来事を、 年表にしてみよう。 628年 『唐』が、国内統一。 634年 『役小角』が、生まれた。 644年 『唐』が、『高句麗』に侵攻。 645年 『蘇我蝦夷』が、 『天皇記』を、焼いた。 650年 『役小角』が、 『志明院』を創建。 661年 『唐』が、『高句麗』に侵攻。 663年 『白村江の戦い』 667年 『唐』が、『高句麗』に侵攻。 673年 『天武天皇』が、 『国史』の編纂を命じた。 699年 『役小角』は、 人々を言葉で惑わしていると讒言され、 『流罪』と、なった。 701年 『役小角』は、『大赦』された。 同年 『役小角』は、『入寂』した。 710年 『平城京』への『遷都』。 711年 『元明天皇』が、 『太安万侶』に、 『古事記』の編纂を命じた。 712年 『古事記』が、完成した。 645年、『蘇我蝦夷』が、 『天皇記』を、焼いた。 その後、『国史』が、 存在しない状態だったが、 『唐』が、3度に渡り、 『高句麗』に侵攻した。 そして、663年、 『白村江の戦い』。 『国史』どころでは、 なかったはずである。 そして、情勢が回復し、 673年、『天武天皇』が、 『国史』の編纂を命じた。 しかし、『天武天皇』の『崩御』により、 『国史』の編纂は、中断された。 『国史』の編纂が、再開されたのは、 30年近く、経った後の事となる。 ・・・なぜ、これ程の期間が、 空いたのだろうか? 6世紀半ばの、 『仏教公伝』 以来、少しずつ、 『神仏習合』 が、進んでいったと、 考えられる。 そして、その集大成の1つが、 『修験道』 となる。 しかし、『天武天皇』は、 『神道』『仏教』 いずれも、保護している。 つまり、 『神道』『仏教』 を、『習合』させるつもりは、 なかったという事になる。 すると、 『役小角』の『修験道』 は、『天武天皇』の目指す先と、 『方向性』が、異なっていたと、 いう事になる。 その結果が、 699年 『役小角』は、 人々を言葉で惑わしていると讒言され、 『流罪』と、なった。 なのかもしれない。 701年 『役小角』は、『入寂』した。 その後、数年の準備期間を経て、 710年 『平城京』への『遷都』。 そして、ようやく、 711年 『元明天皇』が、 『太安万侶』に、 『古事記』の編纂を命じた。 712年 『古事記』が、完成した。 ・・・本当に、そうなのだろうか? 『役小角』の父は、 『出雲』出身の『大角』 である。 『出雲』と『角』 から、連想されるのは、 『牛』の『角』が生えていたという、 『伝承』が、残されている、 『牛頭天王』=『須佐之男』 となる。 『役小角』は、 『鬼神』=『法的』に、存在しない『人物』 =『戸籍』がない『人物』 を、まとめ上げ、 『何か』を、しようと、 していたのかもしれない。 ・・・あるいは、 『月読 (円 / エン)』 ⇒『卑弥呼 (炎 / エン)』 ⇒『猿田毘古 (猿 / エン)』 ⇒『猿女 (猿 / エン)』 ⇒『役小角 (役 / エン)』 の、系譜の中で、 知り得た『何か』を、 『人々』に伝えていた事が、 のちの世、 人々を言葉で惑わして・・・。 という『表現』に、 変わったのかもしれない。 『現代日本』には、 『景行天皇』が、 『猿』を連れて、『伊勢』を訪れた。 『天武天皇』が、 『伊勢神宮』を、創建した。 という、『伝承』が、 残されている。 おしまい。
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by zouchan-land
| 2025-08-26 17:33
| 韓国語 (日本古代史など)。
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