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琴棋書画。


琴棋書画。 文人の楽しみ。 教養や風雅を身につけた文化人の風流な遊び。 また、そのたしなみ。 琴を弾き、碁を打ち、書を書き、絵を描くこと。
by zouchan-land
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過去絵~その172。

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『猪熊 柔 (YAWARA!)』

# by zouchan-land | 2025-10-28 19:00 | 絵画 (お絵描きなど)。 | Comments(0)

とある考察の最終問題 ≪question≫ ~【 上級編 】~ 謎解き編 ~ 第四幕。

 【 問題 】

『古代日本』における、
『四天王』のうち『3人』が、

 『牛頭天王』
 『馬頭天王』
 『座頭天王』

と、すると、残る『1人』は?



 【 これまでのあらすじ 】

 【 東 】座頭天王 (佐氏)
 刺国 (佐治国)、のちの、武蔵国。

 【 南 】馬頭天王 (馬氏)
 伊勢国。

 【 中 】推古天皇
 大和国。

 【 西 】牛頭天王 (宇氏)
 伯耆国 (根之堅洲国)。

 【 北 】九頭天王 (久氏)
 高志国 (越国)。


 『天』=『천 (チョン)』
 『布』=『천 (チョン)』

 『天氏』=『布氏』


  『玖』
 =『九頭竜 (九頭龍)』
 =『櫛名田比売 (久氏)』


  『久』
 =『8人』の『頭』
 =『八俣遠呂智』


 切散其蛇者

『九頭天王』の替わりは?



『須佐之男』は、
『八俣遠呂智』を、
『切散』した事により、
『櫛名田比売 (久氏)』と、
結びつきが強くなったのだろう。

そして、『九頭天王』の替わりには、
『須佐之男』が、
関与していると考える方が、自然だろう。


さて、『日本古代史シリーズ』によると、
『須佐之男』の『系譜』は、
大きく、2~3つに分けられる。

  『須佐之男』
 ⇒『宇迦之御魂 (宇家)』


  『須佐之男 (牛頭天王)』
 ⇒『大年』
 ⇒『韓神 (感神)』
 =『天之日矛』
 =『牛頭天王 (宇氏)』


  『須佐之男』
 ⇒『須賀 (須家)』
 ⇒『蘇我 (蘇我氏)』


『宇家』と『宇氏』の関係について、
気になるところだが、
資料が少ないところでもある。


そして、
『九頭天王』の替わりに、
繋がる『系譜』は、

  『須佐之男』
 ⇒『須賀 (須家)』
 ⇒『蘇我 (蘇我氏)』

の可能性が、大きい。
このあたりを、もう少し、
掘り下げてみよう。

この『系譜』は、おそらく、

 『十七世神 (とおまりななよのかみ)』

だろう。
『古事記』における、
『十七世神』の記述によると、
『須佐之男』の数代後に、
『大国主』の名が挙がっているので、

 『十七世神』=『血脈』

とは、なりえない。


以前の考察で、

 『古事記』における『子』は、

  『皇太子』の『子』
  『王世子』の『子』

 の意味であり、

  『実子』

 を、意味するとは、
 限らないと思われる。

と、述べている。
そこまで規模が大きくない場合、

 『弟子』の『子』

だろう。
また、『日本古代史シリーズ』では、
『古事記』における、

  『A』『生子』『B』

 は、

  『A』=『先
  『B』=『徒』、『弟

と、している。


・・・話を、戻そう。
『古事記』における、
『十七世神』の記述によると、

 『須佐之男 (須家)』
 『櫛名田比売 (久氏)』

の、次代は、

 『八島士奴美 (やしまじぬみ)』

となる。

 『八島士』=『八嶋氏』
      ⇒『矢島氏など』

だろう。
そして、注目するのは、
『日本書記』における記述となる。
『日本書記』では、

  『八島士奴美』
 =『清之湯山主三名漏彦八嶋篠
 =『清之湯山主三名漏彦八嶋野
 =『清之繁名軽彦八嶋手命』

となる。

 『八嶋篠』=『八嶋氏の』
 『八嶋野』=『八嶋の』

だろう。
この『の』は、

 『氏に付ける "の"』

と、思われるが、割愛。
そして、

 『八嶋』の『八』

と、

  『狭 (佐)』
 =『坂 (佐家)』

が、合わさると、
どうなるだろうか・・・?

『八島士奴美』は、
『八坂神社』の『祭神』となる。


・・・話を、戻そう。

 『清之~』=『すがの』

となる。

  『清 (すが)』
 =『須家 (すが)』
 ⇒『須賀 (すが)』

だろう。


また、『粟鹿神社』には、
『粟鹿大明神元記』が、伝わっている。

  『粟鹿 (あわが)』
 =『阿波家』

か、どうかは、不明である。
そして、『八島士奴美』は、
『粟鹿大明神元記』において、

 『蘇我能由夜麻奴斯弥那佐牟留比古夜斯麻斯奴』

と、記されている。
『八島士奴美』は、
『蘇我氏』の『祖』であり、
『八島士奴美』の時代、

  『須家 (すが)』
 ⇒『清 (すが)』
 ⇒『蘇我 (そが)』

と、なったのかもしれない。


・・・もう少し、考えてみよう。
『八島士奴美』の、次代は、

 『布波能母遅久奴須奴』

となる。

 『布』=『天』

と、すると、
『四天王』の資格は、
充分にありそうである。

また、『布波能母遅久奴須奴』は、
『粟鹿大明神元記』において、

 『布波能母知汙那須奴』

と、記されている。
『布波能母遅久奴須奴』は、
『那須氏』の『祖』であり、
『布波能母遅久奴須奴』の時代、

  『那家』+『須家』
 ⇒『那賀』+『須賀』
 ⇒『那須』

と、なったのかもしれない。


・・・話を、冒頭に戻そう。
以上の事から、考えられるのは、

  『九頭天王』の替わり
 =『須頭天皇』

となる。


そして、『現代日本』。
『能登半島 (石川県)』の先端には、

 『珠洲市』

が、現存している。

 『珠洲 (すず)』=『須頭 (すず)』

だろう。


また、『能登半島』の中央部には、

 『七尾市』

が、現存している。
『八尾』であった、
『八俣遠呂智』の『尾』のうち、
『草薙剣 (草那芸之大刀)』が、

  『草薙剣 (国津神?)』
 ⇒『天叢雲 (天津神?)』

と、なったため、

 『八尾』⇒『七尾』

と、なったのかもしれない。


まとめてみると・・・?


 【 まとめ 】

 【 東 】座頭天王 (佐氏)
 刺国 (佐治国)、のちの、武蔵国。

 【 南 】馬頭天王 (馬氏)
 伊勢国。

 【 中 】推古天皇
 大和国。

 【 西 】牛頭天王 (宇氏)
 伯耆国 (根之堅洲国)。

 【 北 】須頭天王 (須氏)
 高志国 (越国) 能登半島。


そして、のちの世、
『須佐之男』に連なる、
2つの『系譜』、

 『牛頭天王』
 『須頭天王』

は、

 『馬頭天王』

の『伊勢国』において、
再び、『ひとつ』になったと、
思われる。

つまり、

  『牛頭 (ごず)』+『須頭 (すず)』
 ⇒『五十 (ごじゅう)』+『鈴 (すず)』
 ⇒『五十鈴 (いすず)』 

となる。

『日本古代史シリーズ』において、
『牛頭天王』は、

 『日本列島』と『朝鮮半島』

を、行き来していたとしている。
『韓国語 (漢数詞)』の、

 『五十』=『오십 (オシプ)』

に、近い発音が、
使われていたのだろう。


また、『日本列島』における、
『四天王』は、

 『寺』に縁ある、
 『4名』の『天王』

と、している。


しかし、『現代日本』において、
『四天王』が祀られているのは、

 『神社』

となる。


そして、

 『神社』と『寺』

に、今なお、共通するのは、

 『朱印』、あるいは、『御朱印』

となる。


さて、『韓国語 (固有数詞)』の、
『五十』は、

 『五十』=『쉰 (シュイン)』

となる。


はたして、これは、

 偶然なのだろうか?
 必然なのだろうか?



・・・そして、次回。
【 上級編 】~『終幕』。

# by zouchan-land | 2025-10-24 12:59 | 韓国語 (日本古代史など)。 | Comments(0)

とある考察の最終問題 ≪question≫ ~【 上級編 】~ 謎解き編 ~ 第三幕。

 【 問題 】

『古代日本』における、
『四天王』のうち『3人』が、

 『牛頭天王』
 『馬頭天王』
 『座頭天王』

と、すると、残る『1人』は?



 【 これまでのあらすじ 】

 【 東 】座頭天王 (佐氏)
 刺国 (佐治国)、のちの、武蔵国。

 【 南 】馬頭天王 (馬氏)
 伊勢国。

 【 中 】推古天皇
 大和国。

 【 西 】牛頭天王 (宇氏)
 伯耆国 (根之堅洲国)。

 【 北 】○頭天王 (○氏)
 高志国 (越国)。
 現在の、福井県あたり (?)。


『古事記』によると、
『高志之八俣遠呂智』は、

 身一有八頭八尾

となる。



『須佐之男』は、
『八俣遠呂智』の『尾』から、

 『草薙剣 (草那芸之大刀)』

を、『取』った。
さらに、

 『頭の数』=『尾の数』

である事を、考慮すると、
『尾』は、

 『頭』の側近
 『頭』の護衛

などが、考えられる。

『草薙』の中には、
『雉』が、含まれているので、

 『頭』の仲介者
 『頭』の通訳者

なども考えられるが、割愛。

そして、『須佐之男』と、
敵対していた『草薙氏』が、
『高天原』の『天照』の元に行き、

 『天叢雲 (天氏)』

と、成ったのかもしれない。


『日本古代史シリーズ』では、

 『身』=『御』=『王』

と、している。
そして、『8人』の『頭』の、
さらに上に君臨していたのが、

 『身一有』=『1人』の『王』

だろう。


・・・本当に、そうなのだろうか?

たとえば・・・?


 2本足の股の数 = 1
 5本指の股の数 = 4

であり、

  『八俣遠呂智』
 =『8つ』の『股』

と、すると・・・?


『古事記』には、

 『八俣遠呂智』=『八頭』

と、記載されているので、

 『環状』に『首』が、
 生えていた。

という、有名な説がある。


もしも、

 9本首の股の数 = 8

だとしたら、どうなるだろうか?
・・・1本 (1人)、足りないのである。


さて、『9』とは、
何だろうか?

『9』を、
ひと言で表すとすると、

 『9』=『玖』

となる。


すると、

 『久』=『8人』の『頭』

 『玖』=『1人』の『王』
    =『久』たちの『王』

という図式が、見えてくる。
そして、おそらく、
『須佐之男』の時代、

 『玖』=『櫛名田比売 (久氏)』

だろう。


しかし、『王』も、また、

 『王』=『頭 (かしら)』

である。


『高志之八俣遠呂智』は、
『個人』で、あるとともに、
ある種の『組織』でもあり、
本来は、

 『九つ』の『頭』

が、存在していたと、考えられる。


『高志国 (越国)』は、
時代とともに、

 『拡大』『縮小』

が、あったと思われるが、
おおよその『位置』としては、

 『福井県敦賀市』から、
 『山形県庄内地方の一部』まで。

となる。


『須佐之男』が、
『高志国 (越国)』の、
『八俣遠呂智』と、
争っていたとするならば、

 『国境付近』=『敦賀市付近』

だろう。


そして、『須佐之男』が、
『出雲方面』から、
『高志国 (越国)』に、
向ったとする。

さらに、『国境』を、
超えた先にあるのは、

 『九頭竜川』

となる。


 『高志』=『高氏』
 『高志』=『許氏』

いずれにせよ、本来は、
『朝鮮半島』と関係が深い、
『クニ』であったと、
考えられる。


そして、『朝鮮王朝』において、

 『龍 (竜)』=『王の象徴』

であった。


まとめてみると・・・?


 【 まとめ 】

 【 東 】座頭天王 (佐氏)
 刺国 (佐治国)、のちの、武蔵国。

 【 南 】馬頭天王 (馬氏)
 伊勢国。

 【 中 】推古天皇
 大和国。

 【 西 】牛頭天王 (宇氏)
 伯耆国 (根之堅洲国)。

 【 北 】九頭天王 (久氏)
 高志国 (越国)。


  『玖』
 =『九頭竜 (九頭龍)』
 =『櫛名田比売 (久氏)』


  『久』
 =『8人』の『頭』
 =『八俣遠呂智』



さて、ここで、
疑問が生じる。

『古事記』には、

 切散其蛇者

と、記されている。
おそらく、これは、

 『八俣遠呂智』を中心とし、

  『須佐之男』
  『櫛名田比売』

 と、敵対した『組織』の『解体』。

だろう。


すると、『推古天皇』の時代、
『九頭天王』は、
存在していなかったという事になる。

あるいは、存続していたとしても、
『四天王』に、含まれたとは、
考えにくい。


『四天王』は、
『4人』いるからこそ、
『四天王』である。

ならば、『九頭天王』の替わりは?

# by zouchan-land | 2025-10-17 11:37 | 韓国語 (日本古代史など)。 | Comments(0)

とある考察の最終問題 ≪question≫ ~【 上級編 】~ 謎解き編 ~ 第二幕。

 【 問題 】

『古代日本』における、
『四天王』のうち『3人』が、

 『牛頭天王』
 『馬頭天王』
 『座頭天王』

と、すると、残る『1人』は?



 【 これまでのあらすじ 】

 【 東 】座頭天王 (佐氏)
 刺国 (佐治国)、のちの、武蔵国。

 【 南 】馬頭天王 (馬氏)
 伊勢国。

 【 中 】推古天皇
 大和国。

 【 西 】牛頭天王 (宇氏)
 伯耆国 (根之堅洲国)。

 【 北 】○頭天王 (○氏)
 高志国 (越国)。
 現在の、福井県あたり (?)。


 『須佐之男』=『牛頭天王 (宇氏)』

  『天忍穂耳』
 =『馬頭天王 (馬氏)』
 =『伊勢国』の『天王』


 『天』=『천 (チョン)』
 『布』=『천 (チョン)』

 『天氏』=『布氏』


  『○頭天王』の『天』
 =『天氏』

だろう。

 『四天王』=『○頭天王』

は、いずれも、

 『天氏』=『布氏』

と、繋がりがあったと、
考えられる。


『古事記』によると、
『伊邪那岐』の『禊』により、

 『天照』
 『須佐之男』
 『八十禍津日』
 『大禍津日』

などが、生れた。
つまり、

 『須佐之男』=『牛頭天王 (宇氏)』

 『八十禍津日』=『馬家 (まが)』
 『大禍津日』=『馬家 (まが)』

は、『天氏』から、
分かれた『一族』と、
考えられる。


そして、『須佐之男』は、

 『櫛名田比売 (久氏)』

と、ともに、

 『高志之八俣遠呂智』

と、争った。


また、『馬家』の一部は、
『紀伊半島』に移り、

 『宇摩志 (馬氏)』

と、成り、

 『伊勢国』=『可怜国』
      =『美し国』
      =『うましくに』
      =『馬氏』の『国』

の、『天皇』に、
成ったと、考えられる。


そして、『神武天皇』の時代の、
『馬頭天王』は、

 『馬頭天王』=『宇摩志麻遅 (馬氏)』

だろう。
さらに、その『先代』は、

 『馬頭天王』=『邇芸速日』

だろう。


『先代旧事本紀』によると、
『邇芸速日』は、

  『邇芸速日』
 =『天忍穂耳』の『子 (子孫?)』

と、されている。


そして、『現代日本』。
『許波多神社』で、
祀られているのは、

 『天忍穂耳』
 『馬頭天王』

である。


『宇摩志麻遅』は、
『布都御魂』を、祀った。

そして、『古事記』には、

 『伊波礼毘古 (神武天皇)』は、
 『熊野』の『高倉下』から、
 『布都御魂』という名の『横刀』を、
 受取った。
 この『刀』の名、

  『佐士布都神 (サジフツノカミ)』
  『甕布都神 (ミカフツノカミ)』
  『布都御魂 (フツノミタマ)』

 と云う。

と、記されている。


 『佐士』=『佐氏』

 『布』=『布氏』
    =『天氏』

と、すると、

 『座頭天王 (佐氏)』

も、また、

 『天氏』

と、繋がりそうである。


以前、『座頭天王』の候補として、

 『刺国大神』

を、挙げた。
おそらく、

  『座頭天王』
 =『刺国大神』
 =『佐志久斯布刀比売』

であり、

 『佐志』=『佐氏』

 『久斯』=『久氏』

  『布』=『布氏 (天氏)』

  『刀』=『刀 (と)』
     =『都 (と)』
     =『都 (つ)』
     =『津 (つ)』
     =『格助詞』の『の』

 『比売』=『姫』

だろう。


 【 まとめ 】

『日本古代史シリーズ』では、

  『高天原』
 =『高氏 (許氏?)』+『天氏』+『原』

と、している。


これらの『系譜』は、
『邇邇芸』の代で、
『ひとつ』に、なった。


そして、『藤原京』。


おそらく、

 『天氏』=『布氏』
     =『藤』

だろう。


つまり、『高天原』は、
時代と場所が、変わり、

 『高天原』⇒『藤原』

と、成ったと、
考えられる。


また、『古事記』によると、

 『伊波礼毘古 (神武天皇)』が、
 『熊野村』に至った時、
 『大熊』が出た。

と、記されている。


 『熊』=『久馬 (くま)』

かもしれない。

# by zouchan-land | 2025-10-10 11:45 | 韓国語 (日本古代史など)。 | Comments(0)

とある考察の最終問題 ≪question≫ ~【 上級編 】~ 謎解き編 ~ 序幕。

 【 問題 】

『古代日本』における、
『四天王』のうち『3人』が、

 『牛頭天王』
 『馬頭天王』
 『座頭天王』

と、すると、残る『1人』は?



まずは、『四天王』から、
考えてみよう。


『仏教』における『四天王』とは、

 『四方 (東南西北)』の『守護神』

となる。
すると、

 【 東 】座頭天王 (佐氏)
 刺国 (佐治国)、のちの、武蔵国。

 【 南 】馬頭天王 (馬氏)
 伊勢国。

 【 中 】四天王寺 (?)
 難波国 (?)。

 【 西 】牛頭天王 (宇氏)
 伯耆国 (根之堅洲国)。

 【 北 】○頭天王 (○氏)
 高志国 (越国)。
 現在の、福井県あたり (?)。

という図式が、見えてくる。


ここで、気になるのが、

 『難波国』と『伊勢国』

の、『位置関係』である。

 『難波国』=『中央』
 『伊勢国』=『南』

という関係になるとは、
考えにくい。


さて、『日本書紀』には、

 593年、
 『難波』の『荒陵』において、
 『四天王寺』を、
 造り始めた。

と、記されている。
その頃の『日本列島』では、
何が起きていたのか?
・・・と、いうと、

 『飛鳥時代の始まり』

である。


すると、 

 【 東 】座頭天王 (佐氏)
 刺国 (佐治国)、のちの、武蔵国。

 【 南 】馬頭天王 (馬氏)
 伊勢国。

 【 中 】推古天皇 (在位期間:593 - 628)
 大和国。

 【 西 】牛頭天王 (宇氏)
 伯耆国 (根之堅洲国)。

 【 北 】○頭天王 (○氏)
 高志国 (越国)。
 現在の、福井県あたり (?)。

と、考えられる。


 【 まとめ 】

『日本古代史シリーズ』では、

  『皇 (み)』
 =『御 (み)』
 =『見 (み)』


  『大和』の『大』
 =『大山 (大山津見)』の『大』

  『大和』の『和』
 =『和田 (綿津見)』の『和』

と、している。


また、『四天王寺』の別名として、

 『御津寺 (みとでら)』

が、ある。
すると、

  『四天王寺』
 =『御津寺』
 =『御』+『津』+『寺』
 =『御 (み)』の『寺』

つまり、

 『御 (み)』=『天王』

という図式が、見えてくる。


そして、『大和』が、
『日本列島』の『中心』と、なった。


これらを考慮すると、本来、

 『見 (み)』=『天皇』、あるいは、その前身
 『御 (み)』=『天王』

であったと、考えられる。

  『登美能那賀須泥毘古』
 =『鳥見』の『那賀須泥毘古』

も、また、

 『天皇』、あるいは、その前身

であったのだろう。


そして、

 『天皇』と『天王』

に、共通するのは、

 『天』

となる。

# by zouchan-land | 2025-10-03 13:20 | 韓国語 (日本古代史など)。 | Comments(0)


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