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琴棋書画。


琴棋書画。 文人の楽しみ。 教養や風雅を身につけた文化人の風流な遊び。 また、そのたしなみ。 琴を弾き、碁を打ち、書を書き、絵を描くこと。
by zouchan-land
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以前の記事

とある『東方』の佐氏之国≪사씨의 나라≫ ~ 終幕。

 【 これまでのあらすじ 】

 『建御名方 (諏訪)』
 『建御雷 (鹿島)』

の『一族』、すなわち、

  『建 (たけ)』
 =『武 (たけ)』
  ⇒『竹 (たけ)』
  ⇒『田家 (たけ)』
  ⇒『多家 (たけ)』
  ⇒『太家 (たけ)』

の『一族』が、
『刺国』に『移民』したのち、

 『刺国 (佐治国)』⇒『武蔵国』

と、成った。


『中央』に集った、

 『高』
 『天』
 『馬』
 『秦』

と、『各地』に広まった、

 『宇』
 『須』

が、『例外』であるならば、
どうなるだろうか?


『例外』を、除くと、
『日本列島』の、『各地』に、
『根付いた一族』のみが、
残される事になる。


『日本古代史シリーズ』における、
『古代日本』の『一族』を、
『西』から『東』にかけて、
『例外』を、除き、
もう一度、その『例』を、みてみよう。

ただし、今度は、
『関連人物』が、
『関連』する『国』と、
『建国年など』を、併記してみる。


 ◎『許氏 (古賀)』

 『福岡県古賀市 ~ 古賀神社』。

 『許 黄玉 (허 황옥 / ホ・ファンオク)』

 『金官伽耶 紀元42年 建国』


 ◎『高氏 (高志 / 越)』

 『福井県敦賀市』~『山形県庄内地方』

 『高 朱蒙 (고 주몽 / コ・チュモン)』

 『高句麗 紀元前37年 建国』


 ◎『李氏 (石)』

 『諏訪』⇒『長野県』

 『李 斯 (リ・シ)』

 『秦 紀元前221年 天下統一』


『東』に、行けば行くほど、
『年代』を、遡る事になる。

・・・なぜだろうか?


『古事記』によると、
『出雲国 (島根)』の『建御名方』は、
『諏訪 (長野)』に、移り住んだ。

また、

  『建御名方 (諏訪)』
  『建御雷 (鹿島)』

 の『一族』、すなわち、

   『建 (たけ)』
  =『武 (たけ)』
   ⇒『竹 (たけ)』
   ⇒『田家 (たけ)』
   ⇒『多家 (たけ)』
   ⇒『太家 (たけ)』

 の『一族』が、
 『刺国』に『移民』したのち、

  『刺国 (佐治国)』⇒『武蔵国』

 と、成った。

と、している。

以上の事から、わかるのは、

 『大陸』や『朝鮮半島』から、
 『日本列島』に『移民』した『一族』は、
 『新たな一族』が、
 『移民』してくる事により、
 『古き一族』が、『東方』に、
 さらなる『移民』をした。

・・・と、いう事が、
繰り返されてきたという事になる。
そのため、『東方』に、
行けば行くほど、
『古き一族』の『拠点』になったと、
考えられる。

すると、どうなるのか?
・・・と、いうと、

 ◎『李氏 (石)』

 『諏訪』⇒『長野県』

 『李 斯 (リ・シ)』

 『秦 紀元前221年 天下統一』

よりも、『東方』に位置する、

  『古事記』の『刺国』
 =『魏志倭人伝』の『佐治国』
 =『佐氏』の『国

は、『秦』の『天下統一』よりも、
『古き一族』という事になる。


さて、『歴史に関与する書物』は、
大きく、2つに、分けられる。

 『歴史』を、記した『書物』
 『歴史』を、替えた『書物』

となる。

 『歴史』を、替えた『書物』

の、『例』の、ひとつとして、

 『謝氏南征記
  (사씨남정기 / サッシ ナムジョンギ)』

が、ある。
つまり、

 『謝氏』=『사씨 / サッシ』

となる。
この『書物』、『語学的』にも、
興味深い一面がある。

 『謝』=『사 / サ』
 『氏』=『씨 / ッシ』

は、『韓風』な『読み方』である。
しかし、とある『謝氏南征記』は、
『右からの横書き』であり、

 『기정남시샤』
 『記征南氏謝』

と、記載されている。

 『謝』=『샤 / シャ』
 『氏』=『시 / シ』

となる。
つまり、『和風』な『読み方』なのである。


 この『書物』が、
 書かれた『地域』を経由して、

  『謝』=『샤 / シャ』
  『氏』=『시 / シ』

 という『読み方』が、
 『日本列島』に、伝わったのか?

あるいは、

 『日本列島』へ、
 『輸出』するために、
 書かれた『書物』なのか?

非常に、気になるところだが、
資料が少ないところでもある。


・・・話を、戻そう。
『古代中国』を、
一言で表すとすると、

 『殷周秦漢』

となる。
そして、『神代中国』を、
一言で表すとすると、

 『三皇五帝』

となる。
『黄帝』の『子』が、建国した、
『諸侯国』のひとつに、

 『謝』

が、あった・・・が、
『周 (西周)』に、滅ぼされた。
『秦の始皇帝』が、『天下統一』をするよりも、
ずっと、昔の話となる。

そして、『謝』という『国名』は、
『謝』という『氏』に繋がったと、
考えられる。


  『謝氏 (サッシ)』
 ⇒『佐氏 (さし)』

で、あるならば、

  『古事記』の『刺国』
 =『魏志倭人伝』の『佐治国』
 =『佐氏』の『国』

の『歴史』は、
とても、古いという事になる。


 【 まとめ 】

 【 これまでのあらすじ 】

 『東』=『木』=『青』=『木国』
 『南』=『火』=『赤』=『火国』
 『中』=『土』=『黄』=『邪馬台国 (宇佐)』
 『西』=『金』=『白』=『金官伽耶』
 『北』=『水』=『黒』=『出雲国』


『伊邪那岐』は、
『三貴神』に対して、

   『天照』⇒『高天原』
       =『大和 (奈良盆地)』

   『月読』⇒『夜之食国』
       =『豊国』、あるいは、
        『筑紫国』を含めた、
        『北九州』。

 『須佐之男』⇒『海原』
       =『畿内』と『北九州』を結ぶ、
        『海路』。
         すなわち、『瀬戸内海』。

を、治めるよう、『詔』した。


 『刺国 (佐治国)』⇒『武蔵国』

 『葦原色許男』=『葦原志挙乎』
        =『味原』の『醜男』
        =『難波』の『人物』
        =『佐氏』

『須佐之男』と『葦原色許男』は、
面識があった。


『畿内』の『入口』と言えば、

 『摂津国』の『難波』

である。
そして、

 『須佐之男』
 『葦原色許男』

は、

 『摂津国』の『難波』

において、顔を合わせていたと、
考えられる。


さらに、【 あらすじ 】を、考慮すると、

  『須佐之男』
 =『畿内』と『北九州』を結ぶ、
  『海路』の『統治者』

  『葦原色許男』
 =『畿内』と『関東』を結ぶ、
  『海路』の『統治者』

であったと、いう事になる。


また、『日本古代史シリーズ』では、

  『卑弥呼』の『男弟』の『孫』
 =『葦原色許男』

と、している。
『魏志倭人伝』の時代、

  『卑弥呼』
 =『畿内』と『北九州』を結ぶ、
  『海路』の『統治者』

  『男弟』
 =『畿内』と『関東』を結ぶ、
  『海路』の『統治者』

で、あったのかもしれない。


すると、気になるのが、

 『邪馬台国 (宇佐)』
 『葦原色許男』

の、関係である。
そして、

 『邪馬台国』⇒『宇佐』

と、成ったのは、
いつの頃なのだろうか?


『日本古代史シリーズ』では、

 【 西日本 】

  『須佐之男』
 ⇒『宇迦之御魂 (宇家)』
 =『須世理毘売』
 =『大国主』
 ⇒『大年』
 ⇒『韓神 (感神)』
 =『天之日矛』
 ⇒『牛頭天王 (宇氏)』の『系譜』


 【 東日本 】

  『刺国大神 (佐氏)』
 ⇒『刺国若比売 (佐氏)』
 ⇒『大穴牟遅 (佐氏)』
 =『葦原色許男 (佐氏)』
 ⇒『刺挟木俣 (佐氏)』
 ⇒『座頭天王 (佐氏)』の『系譜』

と、している。


『ふたつ』の『系譜』が、
『ひとつ』と、成った時、

 『大和』=『大和盆地 (奈良盆地)』

を、『中心』とする、

 『西日本』『東日本』

も、また、『ひとつ』と成った。
そして、

 『宇佐』

が、生まれたのだろう。


おしまい。

# by zouchan-land | 2026-02-22 19:37 | 韓国語 (日本古代史など)。 | Comments(0)

とある『東方』の佐氏之国≪사씨의 나라≫ ~ 第2幕。

 【 これまでのあらすじ 】

 『高』
 『天』
 『馬』
 『秦』

が、『例外』であるならば、
どうなるだろうか?


『日本古代史シリーズ』における、
『古代日本』の『一族』を、
『西』から『東』にかけて、
その『例』を、みてみよう。


 ◎『許氏 (古賀)』

 『福岡県古賀市 ~ 古賀神社』。


  『許氏 (허씨 / ホッシ)』
 ⇒『許氏 (こし)』
 ⇒『古氏 (こし)』
 ⇒『古家 (こが)』
 ⇒『古賀 (こが)』

『許 黄玉 (허황옥 / ホ・ファンオク)』は、

 『金官伽耶 初代 王妃』

となる。


 ◎『宇氏 (宇賀)』

 『出雲市口宇賀町 ~ 宇賀神社』。


  『宇氏』
 ⇒『宇家』
 ⇒『宇賀』

おそらく、『その先』は、

 『于氏 (우씨 / ウッシ)』

だろう。
『于氏』は、

 『高句麗 (고구려 / コグリョ)』

の、『有力一族』であり、
『于素 (ウ・ソ)』の娘は、

 『高句麗 第9代 故国川王』
 『高句麗 第10代 山上王』

の『妻』となる、

 『于氏王后』

である。

紀元200年頃の、
出来事となる。
つまり、

 『古事記』
 『魏志倭人伝』

の、少しだけ前の、
時代となる。


 ◎『須氏 (須賀)』

 『島根県雲南市 ~ 須我神社』


  『須氏』
 ⇒『須家』
 ⇒『須賀』
 ⇒『蘇我』

で、あるならば、
『須賀』の『その先』は、

 『蘇氏』

と、考えらる。
しかし、『于氏 (宇賀)』と、
密接な関係があった事を、
考慮すると、

 『扶余徐氏』

の方が、すっきりする。


・・・本当に、そうなのだろうか?


『須佐之男』に、縁があるのは、

 『出雲国』

である。
そして、『日本古代史シリーズ』では、

 『東』=『木』=『青』=『木国』
 『南』=『火』=『赤』=『火国』
 『中』=『土』=『黄』=『邪馬台国 (宇佐)』
 『西』=『金』=『白』=『金官伽耶』
 『北』=『水』=『黒』=『出雲国』

と、している。
つまり、

 『出雲』=『雲』より『出』づるもの。
     =『水』

と、している。
さらに、

 『水巫女』⇒『すみこ』

と、している。
つまり、

 『水』=『수 / ス』

となる。


そして、『現代日中韓台』。
『水』という『氏』は、
今なお、残る、『氏』となる。


『日本古代史シリーズ』では、
『須佐之男』が、最終的に、
落ち着いた『地域』は、

 『根堅州国』=『伯耆国』
       ⇒『鳥取県』

と、している。


そして、『現代日本』。

 『水』

という『氏』は、
『鳥取県』に、
今なお、残る、『氏』となる。


 ◎『高氏 (高志 / 越)』

  『高志国』
 =『越国』
 ⇒『福井県敦賀市』~『山形県庄内地方』


紀元前1世紀頃、
現在の中国東北部 (満州) 付近には、

 『扶余 (부여 / プヨ)』

という国があった。
『扶余』の王子として生まれた、

 『朱蒙 (주몽 / チュモン)』

は、『扶余』の地より南下し、
紀元前37年、

 『高句麗 (고구려 / コグリョ)』

を、建国した。
そして、自らを、

 『高氏 (고씨 / コッシ)』

と、名乗った。


 ◎『李氏 (石)』

 『諏訪』⇒『長野県』

  『ミシャグジ』
 =『御石神』
 =『石』
 =『李氏 (이씨 / イッシ)』


『秦の始皇帝』の時代、
『丞相 (宰相)』であったのは、

 『李 斯 (リ・シ)』

となる。


 【 まとめ 】

『宇賀 (宇迦)』は、
『稲荷』と、縁がある。

そして、『稲荷』は、
『日本』で、最も、
『広範囲』で、
『信仰』されている。
つまり、『宇氏』は、

 『全国区』

となる。


また、『日本書紀』によると、
『須佐之男』は、

 『日本列島』⇔『朝鮮半島』

を、行き来してた。
つまり、『須氏』は、

 『国際的』

となる。


『中央』に集った、

 『高』
 『天』
 『馬』
 『秦』

と、『各地』に広まった、

 『宇』
 『須』

が、『例外』であるならば、
どうなるだろうか?

# by zouchan-land | 2026-02-19 22:15 | 韓国語 (日本古代史など)。 | Comments(0)

とある『東方』の佐氏之国≪사씨의 나라≫ ~ 序幕。

 【 これまでのあらすじ 】

  『大国主』の祖父
 =『刺国若比売』の父
 =『刺国大神』
 =『佐氏の国』の『大神』

  『大国主』の母
 =『刺国若比売』
 =『刺国』の『若』の『比売』
 =『佐氏の国』の『和家』の『姫』


『魏志倭人伝』には、

 卑弥呼 ~ 中略 ~ 有男弟佐治国

 『卑弥呼』~ 中略 ~
 『佐治国』に『男弟』有り。

と、記されている。


  『古事記』の『刺国』
 =『魏志倭人伝』の『佐治国』
 =『佐氏』の『国』


 『建御名方 (諏訪)』
 『建御雷 (鹿島)』

の『一族』、すなわち、

  『建 (たけ)』
 =『武 (たけ)』
  ⇒『竹 (たけ)』
  ⇒『田家 (たけ)』
  ⇒『多家 (たけ)』
  ⇒『太家 (たけ)』

の『一族』が、
『刺国』に『移民』したのち、

 『刺国 (佐治国)』⇒『武蔵国』

と、成った。


そして、『現代日本』。
『佐氏』という『氏』は、
『関東地方』に、
今なお、残る、『氏』となる。


さらに、『韓国』では、
どうなのか?
・・・と、いうと、
『佐』という『氏』は、
ここ10年程で、
その歴史が、途絶えてしまった。


今回から、

  『古事記』の『刺国』
 =『魏志倭人伝』の『佐治国』
 =『佐氏』の『国』

の、『その先』を、
『考察』してみようと、思う。



『日本古代史シリーズ』では、

  『高天原 (たかあまはら)』
 =『高木』と『天照』が、いた『都』
 =『大和 (現:奈良)』

と、している。
『古事記』には、

 『高天原 (訓高下天云阿麻)』

 『高天原
  (『高』の下の『天』、
   『阿麻 (あま)』と云う。)』

と、記されている。
この考察は、横書きであるが、
原文は、縦書きなので、

  『高下天』
 =『高』の『下 (次)』の『天』

となる。
つまり、

 『高天原』=『たかあまはら』

であると、『太安万侶』が、
述べているのだが、

 『高天原』=『たかまがはら』

と、読まれる事もある。

おそらく、これらは、
いずれも、正しい。


これまでの考察を、
まとめてみると、

  『高天原 (たかまがはら)』
 =『高 (たか)』+『天 (まが)』+『原』
 =『多家 (たか)』+『馬家 (まが)』+『原』
 =『多賀』+『馬賀』+『原』
 =『多賀』と『馬賀』が、いた『都』
 =『大和 (現:奈良)』

となる。
すると、疑問が生じる。

  『高天原 (たかあまはら)』
 ⇒『高天原 (たかまがはら)』

は、いつから、読み方が、
変化したのだろうか?


おそらく、それは、
『天照』が、『伊勢』に、
移り住んだ頃からだろう。


『伊勢』を訪れた、『天照』は、

 『伊勢』=『可怜国』

と、述べている。
『日本古代史シリーズ』では、

 『伊勢国』=『可怜国』
      =『美し国』
      =『うましくに』
      =『馬氏』の『国』

 『宇麻志』=『宇摩志』
      =『馬氏 (ウマシ)』
      ⇒『馬家 (マガ)』
      =『馬賀(マガ)』
      =『禍 (マガ)』

と、している。

『高天原 (中央)』の『天照』が、
『伊勢 (地方)』に移った。
その代りとして、
『高天原 (中央)』に移ったのが、

 『宇麻志』=『宇摩志』
      =『馬氏 (ウマシ)』
      ⇒『馬家 (マガ)』
      =『馬賀(マガ)』
      =『禍 (マガ)』

なのだろう。
つまり、『現代日本』で、
いうところの、

 『政権交代』

となる。


『中央』といえば、
もうひとつ、忘れてはいけない、
『一族』がいる。

『古代日本』の『中心』は、

 『畿内』=『奈良』『京都』『大阪』

であった。
さらに、その『中心』は、

 『山城国』

となる。
『山城国』といえば、
『秦氏』なのだが、

 『秦氏』は、
 『畿内』の『中心』に、
 『拠点』を構えた。

・・・のではなく、

 『秦氏』を『中心』として、
 『古代日本』の『中心』が回り、
 『畿内』となった。

・・・のかも、しれない。


 【 まとめ 】

そして、

 『高』
 『天』
 『馬』
 『秦』

が、『例外』であるならば、
どうなるだろうか?

# by zouchan-land | 2026-02-16 08:32 | 韓国語 (日本古代史など)。 | Comments(0)

とある『古事記』の天地開闢≪episode zero≫ ~ 終幕。

 【 これまでのあらすじ 】

 『東』=『木』=『青』=『木国』
 『南』=『火』=『赤』=『火国』
 『中』=『土』=『黄』=『邪馬台国 (宇佐)』
 『西』=『金』=『白』=『金官伽耶』
 『北』=『水』=『黒』=『出雲国』


 『月読』=『月夜見』
     =『月』+『夜』+『見』
     =『月氏』+『여 (ヨ)』+『御』
     =『筑紫』+『女』+『王』
     =『筑紫国』の『女王』


『卑弥呼』の『死去』は、
『247年頃』。

『神武天皇』の即位は、
『およそ、紀元281年』。


『卑弥呼』と『天照』は、
『同時代』の『人物』。


 『黄泉国』=『夜見国』
      =『女王国』

  『黄泉国』の『統治者』
 =『伊邪那美 (黄泉津大神)』


 『豊国 (宇佐)』の『卑弥呼』

が、争ったのは、

 『日向』の『誰』?


『卑弥呼』が登場するのは、
『魏志倭人伝』である。
まずは、『魏志倭人伝』を、
見てみよう。


『魏志倭人伝』によると、
『女王国以北』は、
『可得略載』となる。
つまり、ある程度、
把握していた。

『邪馬台国 (宇佐)』の『以北』は、
『出雲国』であり、『出雲国』は、
『魏志倭人伝』が書かれた時代よりも、
前の時代から、
『大陸』との繋がりがあったという事になる。

すると、どうなるのか?
・・・と、いうと、
『247年頃』よりも、前の時代の、

 『出雲国』の『統治者』

と、繋がりがあったという事になる。
それは、つまり、

  『出雲国』の『統治者』
 =『黄泉国』の『女王』
 =『伊邪那美 (黄泉津大神)』

である。


今度は、『古事記』を、見てみよう。
『日本古代史シリーズ』では、
『月読』が、

 『邪馬台国 (宇佐)』の『女王』

に、成ったと、している。


つまり、

 『月読』=『筑紫国』の『女王』

ではなく、『伊邪那岐』が、

 『月読』=『月氏』であり、
      『筑紫国』の『王族』

に、

 『夜之食国』=『邪馬台国 (宇佐)』

を、治めるよう、
『詔』したという事になる。


すると、

 『東』=『木』=『青』=『木国』
 『南』=『火』=『赤』=『火国』
 『中』=『土』=『黄』=『邪馬台国 (宇佐)』
 『西』=『金』=『白』=『金官伽耶』
 『北』=『水』=『黒』=『出雲国』

という『連合国家 (倭国)』は、

 『木国』
 『火国』
 『金官伽耶』
 『出雲国』

における、『王族』などの『有力者』から、
『盟主』となる、

 『邪馬台国 (宇佐)』の、
 『王』、あるいは、『女王』

を、立てていたと考えられる。


『魏志倭人伝』には、
『卑弥呼』は、『年已長大』、
つまり、ある程度、
高齢であったと、記されている。


すると、

 『三貴神』よりも、
 1世代、前の世代。

 『出雲国』の『女王』。

で、あった、

  『伊邪那美 (黄泉津大神)』
 =『黄泉国』の『統治者』
 =『出雲国』の『女王』

が、

 『邪馬台国 (宇佐)』の『女王』

と成った可能性が、出てくる。


『日本古代史シリーズ』では、
『壱与 (台与)』は、
『卑弥呼』の『親族』であり、

 『壱与 (台与)』=『イ・チヨ (李氏)』

と、している。
そして、『卑弥呼』の『男弟』は、

 『佐治国』=『佐氏』の『国』

に、『有』ったとしている。


『伊邪那美』が、

  『伊邪那美』
 =『李氏』+『佐氏』+『那美』
 ⇒『李氏』と『佐氏』に連なる、
  『那美 (なみ)』という『女性』

であるならば、
いずれも、つじつまが合う。

そして、『現代日本』。
『なみ』という『人物名』は、
『女性名』として使われる。


 【 まとめ 】

  『豊国 (宇佐)』の『卑弥呼』

 が、争ったのは、

  『日向』の『誰』?


その『こたえ』は、
『古事記』に記されている。


『伊邪那岐』と『伊邪那美』の、
最後の『会話』は、

 愛我那勢命
 爲如此者
 汝国之人草
 一日絞殺千頭

 愛我那邇妹命
 汝爲然者
 吾一日立千五百産屋

となる。


 『人草』=『民草』

を、『1日』に、
『1,000人』、殺す。

つまり、『戦争』の『開幕』だろう。


『伊邪那岐』は、
『女王』の『勢力』が弱い、

 『日向』

を、『拠点』にして、

  『伊邪那美』
 =『邪馬台国 (宇佐)』の『女王』

と、争い、『勝利』し、

 『邪馬台国 (宇佐)』の『王』

と、成ったのち、
自らと、『伊邪那美』の『親族』である、

 『月読』

に、『王位』を譲ったという事になる。


『伊邪那岐』も、また、

  『伊邪那岐』
 =『李氏』+『佐氏』+『那岐』
 ⇒『李氏』と『佐氏』に連なる、
  『那岐 (なぎ)』という『人物』

となる。


そして、『現代日本』。
『なぎ』という『人物名』は、
『男性名』、あるいは、
『女性名』として使われる。


つまり、『魏志倭人伝』に記されている、

 『卑弥呼』
 『卑弥弓呼』
 『男王』
 『壱与 (台与)』

は、

 『伊邪那美』=『卑弥呼』
 『伊邪那岐』=『卑弥弓呼』=『男王』
   『月読』=『壱与 (台与)』

と、いう事になる。

 『伊邪那美』
 『伊邪那岐』

そして、

 『卑弥呼』
 『卑弥弓呼』

いずれも、
類似した『人物名』となる。
『伊邪那岐』と、『伊邪那美』は、
実の『兄妹』だったのかもしれない。


そして、『卑弥呼』の『男弟』は、

 『大穴牟遅』=『葦原色許男』

の、『祖父』である、

 『刺国大神』=『佐氏』の『国』の『大神』

だろう。



・・・そして、次回から、

 とある『古代』の最終考察≪epilogue≫(仮)

となる。

# by zouchan-land | 2026-02-13 14:16 | 韓国語 (日本古代史など)。 | Comments(0)

とある『古事記』の天地開闢≪episode zero≫ ~ 第19幕。

 【 これまでのあらすじ 】

 『東』=『木』=『青』=『木国』
 『南』=『火』=『赤』=『火国』
 『中』=『土』=『黄』=『邪馬台国 (宇佐)』
 『西』=『金』=『白』=『金官伽耶』
 『北』=『水』=『黒』=『出雲国』


『卑弥呼』の『死去』は、
『247年頃』。

『神武天皇』の即位は、
『およそ、紀元281年』。


『卑弥呼』と『天照』は、
『同時代』の『人物』。


 『月読』=『月夜見』
     =『月』+『夜』+『見』
     =『月氏』+『여 (ヨ)』+『御』
     =『筑紫』+『女』+『王』
     =『筑紫国』の『女王』


 『黄泉国』=『夜見国』
      =『女王国』

  『黄泉国』の『統治者』
 =『伊邪那美 (黄泉津大神)』


『卑弥呼』の『有力候補者』として、

   『月読』=『筑紫国』の『女王』
 『伊邪那美』=『黄泉津大神』

が、挙げられる。


そして、

 『黄泉国』=『夜見国』
      =『女王国』
      =『出雲国』

と、考えられるため、

 『卑弥呼』=『月読』
  『男王』=『大山津見』
  『壱与』=『石長比売』

という結論に、至った。
つまり、

 『魏志倭人伝』の、

  倭女王卑弥呼與
  狗奴国男王卑彌弓呼素不和
  遺倭載斯烏越等詣郡説相攻擊状

 が、

   『倭女王卑弥呼』
  =『豊国 (宇佐)』の『月読』

 と、

   『狗奴国男王』
  =『日向』の『高木 (高御産巣日)』

 の争いであり、
 『古事記』の、

  於是天忍穗耳命
  於天浮橋多多志
  而詔之豊葦原之
  千秋長五百秋之
  水穂国者
  伊多久佐夜芸弖
  有那理告而

 に相当する。

と、した。


しかし、『第18幕』では、

  『高木』と『天照』が、いた『都』
 =『高天原』
 =『大和 (現:奈良)』

という結論に、至った。
すると、疑問が生じる。


  『豊国 (宇佐)』の『卑弥呼』

 が、争ったのは、

  『日向』の『誰』?


 【 まとめ 】

今回は『出題回』となってしまったが、
『問題』から、連想されるのは、

 『なぞなぞ』

となる。


『韓国語』で、『なぞなぞ』は、

  『なぞなぞ』
 =『수수께끼 (ススッケッキ)』

となる。


さて、『とうもろこし』は、

  『とうもろこし』
 =『옥수수 (玉薥薥 / オクスス)』

となる。
そして、

  『옥 (玉 / オク)』
 =『翡翠 (宝石)』

  『수수 (薥薥 / スス)』
 =『もろこし』

となる。
つまり、

  『とうもろこし』
 =『翡翠 (宝石)』のような、
  『もろこし』

となる。


さらに、『ケーキ』は、

  『ケーキ』
 =『케이크 (ケイク)』

と、なるのだが、
『朝鮮半島』において、
『棒アイス』を意味する、

 『아이스 케이크 (アイス ケイク)』

が、

 『아이스께끼 (アイスッケッキ)』

と、呼ばれた時代が、あった。
つまり、

  『께끼 (ッケッキ)』
 =『케이크 (ケイク)』
 =『ケーキ』

となる。


すると、

  『수수께끼 (なぞなぞ)』
 =『수수』+『께끼』
 =『もろこし』+『ケーキ』
 =『もろこしケーキ』

となる。


『もろこし味』の、
『棒アイス』を、
『何味』なのかを、
知らずに食べたら、

 『?? (なぞなぞ)』

と、なる事だろう。

# by zouchan-land | 2026-02-10 09:37 | 韓国語 (日本古代史など)。 | Comments(0)


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