琴棋書画。 |
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【 これまでのあらすじ 】 『牛頭天王』=『天之日矛』 =『都怒我阿羅斯等 (阿羅氏)』 =『于斯岐阿利叱智干岐 (宇氏)』 『須佐之男』と『天之日矛』は、いずれも、 『歴代』の『牛頭天王』であった。 『感神院』=『祇園社』 は、 『牛頭天王』 を、祀っていた。 『感神院』の『院』 =『寺院』の『院』 『天之日矛』=『感神』 =『韓神』 =『大年』の『子』 =『国主』の『子』 =『須佐之男』の『孫』 『天之日矛』=『感神』 =『韓神』 の時代、 『感神院』という『寺院』 に、 『祖父 (須佐之男)』 を、祀った。 『鬼』=『人』の『死後』 『神』=『貴人』の『死後』 『古事記』=『今は亡き、貴人』の『物語』 =『神 (=貴人の死後)』の『物語』 =『神話』 つまり、 『古事記』=『神話』 まずは、 『感神院』=『祇園社』 について、考えてみよう。 この『系譜』の『その先』は、 『感神院 (寺院)』 ⇒『祇園社 (神社)』 ⇒『八坂神社 (神社)』 となる。 すると、『神社』の起源は、 『寺院』という事になる。 そして、『天之日矛』は、 『感神院 (寺院)』に、 『須佐之男』を、祀った。 さらに、 『神』=『貴人』の『死後』 で、あるならば、 『天之日矛』は、 『祖父 (須佐之男)』の死後、 『感神院 (寺院)』において、 『祖父 (須佐之男)』を、 弔ったのだと考えられる。 これは、『現代日本』において、 『寺院』で、行われている事となる。 すると、矛盾が生じる。 前回の『拍手編』では、 古代日本人が『拍手』をする『対象』は、 『神』ではなく、『人』だった。 という前提が、存在していた。 つまり、『拍手』をする『対象』は、 『存命』の『人物』 と、いう事になる。 そして、この内容の『出典』は、 『魏志倭人伝』 である。 『魏志倭人伝』に、 『倭人 (和人)』の『習慣』として、 記載されているという事は、 『古代日本固有』の『習慣』であったと、 いう事になる。 『日本列島』の、『仏教』は、 『朝鮮半島』から伝来した。 『拍手』 =『古代日本固有』の『習慣』 で、あるならば、 『仏教』が、 『日本列島』に、 伝来した当初は、 『二礼二拍手一礼』 『二礼四拍手一礼』 ではなく、 『二礼一礼』 であったという事になる。 『日本古代史シリーズ』では、 『二拝二拍手一拝』という呼称が 使われる事もある。 『礼』=『拝礼』 『合計3回 (参回)』、 『拝礼』するので、 『参拝』という。 と、している。 『参拝 (三拝)』という言葉は、 『二礼一礼 (二拝一拝)』であった、 名残りなのだろう。 さて、『参拝 (三拝)』の詳細が、 『二礼一礼 (二拝一拝)』で、 あるならば、 『二礼 (二拝)』 『一礼 (一拝)』 が、意味するのは、 何だろうか? 先程、 『日本列島』の、『仏教』は、 『朝鮮半島』から伝来した。 と、述べた。 ならば、次に、 『朝鮮半島』の、 『先祖供養』の『作法』を、 考えてみよう。 『韓国』における、 『お辞儀』のひとつに、 『큰절 (クンジョル)』 が、ある。 『큰절 (クンジョル)』とは、 『韓国』における、 最も丁寧な『お辞儀』であり、 膝をついて、行う。 『큰절 (クンジョル)』は、 『対象』により、回数が異なり、 『存命』⇒ 1回 『故人』⇒ 2回 となる。 そして、『韓国』の『葬式』では、 『故人』に対して、 『큰절 (クンジョル)』を、2回。 その後、立ったまま、 頭を、1回、下げる。 という『作法』になる。 つまり、 『二礼一礼 (二拝一拝)』 となる。 最後に、 『鬼』=『人』の『死後』 『神』=『貴人』の『死後』 『古事記』=『今は亡き、貴人』の『物語』 =『神 (=貴人の死後)』の『物語』 =『神話』 つまり、 『古事記』=『神話』 について、考えてみよう。 『古事記』には、 主な『神々』の、 『系譜』が、記されている。 そこで、よく目にするのが、 ○○ 之祖也 ○○ の『祖』なり である。 すると、『古事記』は、 編纂当時、 『存命』であった『人物』の、 『先祖』の『物語』。 と、いう事になる。 そして、『現代日本』。 あちらこちらの『神社』で、 『同一』の『神』が、 祀られている。 すると、 『古事記』の『登場人物』 =『先祖』 の、『末裔』が、 『移民』した地域で、 『先祖』を、供養したのが、 『神社』だったという事になる。 ここで、冒頭に、戻ってみよう。 『神社』の起源は、『寺院』。 すると、ひとつの『結論』に、 達する。 『古代日本』において、 『墓 (陵)』 を、造るのは、 『権力者』であった。 『日本列島』に、 『仏教』が広まるにつれて、 『庶民』も、『墓』を造り、 『先祖』を『供養』するように、 なったとするならば、 『寺院』 =『鬼 (『人』の『死後』)』を、 供養する。 『神社』 =『神 (『貴人』の『死後』)』を、 供養する。 と、いう事になる。 『鬼』とは、本来、 『鬼』=『隠 (オヌ)』 である。 『貴人』が、亡くなる事を、 『隠れる』 と、表現するのは、 このあたりに『起源』が、 あるのかもしれない。 【 まとめ 】 『日本古代史シリーズ』では、 『社』=『店』 と、している。 本来は、『社』の、 『敷地内』に、 『店』が並んだと考えられるが、 その規模が、 大きくなった場合、 どうなっただろうか? 『店』は、『敷地外』に、 移された事だろう。 そして、生まれた言葉が、 『門前成市』 『門前市を成す』 なのだろう。 『門前』の『門』とは、 『寺社仏閣の門』 を、意味する。
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by zouchan-land
| 2025-11-18 14:39
| 韓国語 (日本古代史など)。
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by zouchan-land
| 2025-11-16 23:42
| 絵画 (お絵描きなど)。
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『出題編』の、 【 これまでのあらすじ 】 によると、 『陰陽五行説』の『最高位』 =『中 (土)』 『古代日本』における、 『四天王』の『最高位』 =『北』 と、なるので、 『倭国 (和国)』における、 主要な『クニ』は、 『豊国 (宇佐)(中)』 『出雲国 (北)』 『大和国 (中)』 『高志国 (越国)(北)』 という事になる。 そして、これら4つの『クニ』のうち、 『宇佐神宮 (豊国)』 『出雲大社 (出雲国)』 『弥彦神社 (高志国 (越国))』 では、 『二礼四拍手一礼』 という『参拝作法』が、 今なお、続いている。 『四拍手』 古代日本人が『拍手』をする『対象』は、 『神』ではなく、『人』だった。 を、考慮すると、 『倭国 (和国)』の中心が、 『邪馬台国 (宇佐)』であった時代、 『四拍手』の『対象』は、 『木国』 『火国 (肥国)』 『金官伽耶』 『出雲国』 において、その時代、 『存命』であった、 『王』 『主 (ぬし)』 『長 (おさ)』など。 と、考えられる。 そして、『倭国 (和国)』の中心が、 『大和国』に移ってからの、 『四拍手』の『対象』は、 『四天王』 と、考えられる。 すると、本来、 『大和国』においても、 『二礼四拍手一礼』 であったと、いう事になる。 とある『時期』より、 『大和国』において、 『二礼四拍手一礼』 が、 『二礼二拍手一礼』 と、なったのだろう。 そして、その『時期』は、 『推古天皇 (在位期間:593 - 628)』 の時代と、考えらえる。 さて、『日本書紀』には、 593年、 『難波』の『荒陵』において、 『四天王寺』を、 造り始めた。 と、記されている。 ならば、『日本列島』における、 『寺』の役割とは、 何だろうか? 『寺』の、主な役割は、 『仏教』の布教。 の、他に、 『故人』の弔い・供養。 が、ある。 『四天王寺』を、 造り始めた。 という出来事は、 『四天王』の時代の、 『終焉』。 を、意味するのかもしれない。 ならば、『二拍手』の『対象』は、 何だろうか? 『推古天皇』は、 記録として残っている、 『最古の女性天皇』 となる。 そして、 『第33代 推古天皇』 から、 『第48代 称徳天皇』 までの、『16代』の『天皇』のうち、 半数に相当する、 『8代』の『天皇』が、 『女性天皇』 となる。 そして、その多くは、 『天皇』に『即位』する以前、 『皇后』 であった。 すると、『推古天皇』の時代から、 『皇后』の影響力が、 強くなったと、考えられる。 おそらく、『二拍手』の『対象』は、 『天皇』『皇后』 だろう。 【 まとめ 】 『二礼四拍手一礼』 が、 『二礼二拍手一礼』 に、なったのは、 『4強』の時代 から、 『2強』の時代 に、なったためだろう。 さて、ここで、疑問が生じる。 『大山津見』 『綿津見』 は、『拍手』の『対象』に、 ならないのだろうか? ここで、【 あらすじ 】を、 再掲載してみよう。 古代日本人が『拍手』をする『対象』は、 『神』ではなく、『人』だった。 つまり、『二礼四拍手一礼』が、 確立した時点で、すでに、 『大山津見』 『綿津見』 は、『神格化』されていたと、 いう事になる。 『神格化』 =『格』が『神』に『化』わる。 とは、どういう意味なのだろうか? ~ つづく ~
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by zouchan-land
| 2025-11-14 10:24
| 韓国語 (日本古代史など)。
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【 これまでのあらすじ 】 神社での参拝作法として、 『二礼二拍手一礼』がある。 また、『二礼四拍手一礼』を、 参拝作法とするところがある。 『宇佐神宮 (豊国)』 『出雲大社 (出雲国)』 『弥彦神社 (高志国 (越国))』 である。 『魏志倭人伝』によると、 『倭人 (和人)』は、 敬う人を見ると、『搏手 (拍手)』 をする。 との記述がある。 つまり、古代日本人が『拍手』をする『対象』は、 『神』ではなく、『人』だったという事になる。 『古代日本』における、 『倭国 (和国)』という『連合国家』は、 『東』=『木』=『青』=『木国』 『南』=『火』=『赤』=『火国 (肥国)』 『中』=『土』=『黄』=『邪馬台国 (宇佐)』 『西』=『金』=『白』=『金官伽耶』 『北』=『水』=『黒』=『出雲国』 となる。 『古代日本』における、 『四天王』は、 【 東 】座頭天王 (佐氏) 刺国 (佐治国)、のちの、武蔵国。 【 南 】馬頭天王 (馬氏) 伊勢国。 【 中 】推古天皇 大和国。 【 西 】牛頭天王 (宇氏) 伯耆国 (根之堅洲国)。 【 北 】九頭天王 (久氏) 高志国 (越国)。 ⇒ 【 北 】須頭天王 (須氏) 高志国 (越国) 能登半島。 となる。 『陰陽五行説』の『最高位』 =『中 (土)』 『古代日本』における、 『四天王』の『最高位』 =『北』 【 問題 】 『二礼二拍手一礼』 『二礼四拍手一礼』 の、『対象』は?
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by zouchan-land
| 2025-11-11 15:41
| 韓国語 (日本古代史など)。
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【 これまでのあらすじ ~ その1 】 【 東 】座頭天王 (佐氏) 刺国 (佐治国)、のちの、武蔵国。 【 南 】馬頭天王 (馬氏) 伊勢国。 【 中 】推古天皇 大和国。 【 西 】牛頭天王 (宇氏) 伯耆国 (根之堅洲国)。 【 北 】九頭天王 (久氏) 高志国 (越国)。 ⇒ 【 北 】須頭天王 (須氏) 高志国 (越国) 能登半島。 『須家 (すが)』 ⇒『須賀 (すが)』 ⇒『清 (すが)』 ⇒『蘇我 (そが)』 『四神』の『最高位』 =『北』の『玄武』 『仏教』における、 『四天王』の『最高位』 =『北』の『多聞天 (毘沙門天)』 すると、『日本列島』における、 『四天王』の『北』が、 『最高位』という事になる。 詳細は、割愛するが、 『蘇我氏』と言えば、 『仏教』 『渡来人』 『推古天皇』 となる。 『日本古代史シリーズ』における、 『須佐之男』 に、通ずるところがある。 また、『蘇我氏』は、 『日本古代史』における、 『最大』の『豪族』 と、称される事もある。 ならば、『九頭天王』は、 どうだろうか? 実質的に、 『九頭天王 (九頭竜)』=『八俣遠呂智』 と、考えられる。 そして、 『八俣遠呂智 (やまたのおろち)』 ⇒『山田 (やまた)』 とすると、答えが、見えてくる。 『日本古代史シリーズ』では、 『神武東征』以前、 『和国 (倭国)』の中心には、 『大山津見 (大山)』 『綿津見 (和田)』 がいたと、している。 そして、詳細は不明だが、 『八俣遠呂智』は、 『大山津見 (大山)』 『綿津見 (和田)』 に、近い存在だったと、 考えられる。 図示すると、 以下のようになる。 大山 → ① 和田 → ② ↓↓ ③④ ①『大山津見 (大山)』 ②『綿津見 (和田)』 ③『国号 (大和)』 ④『八俣遠呂智 (山田)』 【 これまでのあらすじ ~ その2 】 『天』=『천 (チョン)』 『布』=『천 (チョン)』 『天氏』⇒『布氏』 ⇒『藤』 そして、『現代日本』。 『座頭天王 (佐氏)』 ⇒『佐藤』 『馬頭天王 (馬氏)』 ⇒『馬藤』 『牛頭天王 (宇氏)』 ⇒『宇藤』 『九頭天王 (久氏)』 ⇒『久藤』 ⇒『工藤』など 『須頭天王 (須氏)』 ⇒『須藤』 などのように、派生していったと、 考えられる。 【 まとめ 】 【 これまでのあらすじ 】 『牛頭 (ごず)』+『須頭 (すず)』 ⇒『五十 (ごじゅう)』+『鈴 (すず)』 ⇒『五十鈴 (いすず)』 『建御雷』 =『田家』+『御』+『雷』 『建御名方』 =『田家』+『御』+『中田』 『御』=『天王』 『中国 (なかつくに)』 =『那賀』の『クニ』 そして、 『雨 (あめ)』=『天 (あめ)』 で、あるならば、どうなるだろうか? 『雷』=『雨』+『田』 =『天』+『田』 となる。 すると、 『建御雷』=『天津神』の『田家』 『建御名方』=『国津神』の『田家』 という図式が、見えてくる。 さらに、 『雷神』=『建御雷』 『風神』=『建御名方』 と、すると、 『建御名方』は、 『八俣遠呂智』 『牛頭天王』 と、関係が深かった可能性が、 出てくる。 図示すると、 以下のようになる。 『牛頭天王』+『八俣遠呂智』 ⇒『五十』+『山田』 ⇒『五十』+『山』+『田』 ⇒『五十』+『山』+『風』 ⇒『五十』+『嵐』 ⇒『五十嵐 (いがらし)』 『日本古代史シリーズ』では、 『牛頭天王』=『須佐之男』 =『荒神』 =『阿羅』の『神』 ⇒『阿羅氏』 と、している。 そして、おそらく、 『阿羅氏』⇒『嵐』 だろう。 本来、 『須佐之男』 『八俣遠呂智』 は、いずれも、 『阿羅氏』と、 縁ある『一族』であった。 と、いう事になる。 また、ここでいう『阿羅』は、 『阿羅』=『阿羅伽耶』 となる。 そして、『現代日本』。 『島根県出雲市』には、 『荒茅町』 が、現存している。 『阿羅伽耶 (あらかや)』 『荒茅 (あらかや)』 は、密接な関係があったと、 考えられる。
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by zouchan-land
| 2025-10-31 11:56
| 韓国語 (日本古代史など)。
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