琴棋書画。 |
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【 これまでのあらすじ 】 『建御名方 (諏訪)』 『建御雷 (鹿島)』 の『一族』、すなわち、 『建 (たけ)』 =『武 (たけ)』 ⇒『竹 (たけ)』 ⇒『田家 (たけ)』 ⇒『多家 (たけ)』 ⇒『太家 (たけ)』 の『一族』が、 『刺国』に『移民』したのち、 『刺国 (佐治国)』⇒『武蔵国』 と、成った。 『中央』に集った、 『高』 『天』 『馬』 『秦』 と、『各地』に広まった、 『宇』 『須』 が、『例外』であるならば、 どうなるだろうか? 『例外』を、除くと、 『日本列島』の、『各地』に、 『根付いた一族』のみが、 残される事になる。 『日本古代史シリーズ』における、 『古代日本』の『一族』を、 『西』から『東』にかけて、 『例外』を、除き、 もう一度、その『例』を、みてみよう。 ただし、今度は、 『関連人物』が、 『関連』する『国』と、 『建国年など』を、併記してみる。 ◎『許氏 (古賀)』 『福岡県古賀市 ~ 古賀神社』。 『許 黄玉 (허 황옥 / ホ・ファンオク)』 『金官伽耶 紀元42年 建国』 ◎『高氏 (高志 / 越)』 『福井県敦賀市』~『山形県庄内地方』 『高 朱蒙 (고 주몽 / コ・チュモン)』 『高句麗 紀元前37年 建国』 ◎『李氏 (石)』 『諏訪』⇒『長野県』 『李 斯 (リ・シ)』 『秦 紀元前221年 天下統一』 『東』に、行けば行くほど、 『年代』を、遡る事になる。 ・・・なぜだろうか? 『古事記』によると、 『出雲国 (島根)』の『建御名方』は、 『諏訪 (長野)』に、移り住んだ。 また、 『建御名方 (諏訪)』 『建御雷 (鹿島)』 の『一族』、すなわち、 『建 (たけ)』 =『武 (たけ)』 ⇒『竹 (たけ)』 ⇒『田家 (たけ)』 ⇒『多家 (たけ)』 ⇒『太家 (たけ)』 の『一族』が、 『刺国』に『移民』したのち、 『刺国 (佐治国)』⇒『武蔵国』 と、成った。 と、している。 以上の事から、わかるのは、 『大陸』や『朝鮮半島』から、 『日本列島』に『移民』した『一族』は、 『新たな一族』が、 『移民』してくる事により、 『古き一族』が、『東方』に、 さらなる『移民』をした。 ・・・と、いう事が、 繰り返されてきたという事になる。 そのため、『東方』に、 行けば行くほど、 『古き一族』の『拠点』になったと、 考えられる。 すると、どうなるのか? ・・・と、いうと、 ◎『李氏 (石)』 『諏訪』⇒『長野県』 『李 斯 (リ・シ)』 『秦 紀元前221年 天下統一』 よりも、『東方』に位置する、 『古事記』の『刺国』 =『魏志倭人伝』の『佐治国』 =『佐氏』の『国』 は、『秦』の『天下統一』よりも、 『古き一族』という事になる。 さて、『歴史に関与する書物』は、 大きく、2つに、分けられる。 『歴史』を、記した『書物』 『歴史』を、替えた『書物』 となる。 『歴史』を、替えた『書物』 の、『例』の、ひとつとして、 『謝氏南征記 (사씨남정기 / サッシ ナムジョンギ)』 が、ある。 つまり、 『謝氏』=『사씨 / サッシ』 となる。 この『書物』、『語学的』にも、 興味深い一面がある。 『謝』=『사 / サ』 『氏』=『씨 / ッシ』 は、『韓風』な『読み方』である。 しかし、とある『謝氏南征記』は、 『右からの横書き』であり、 『기정남시샤』 『記征南氏謝』 と、記載されている。 『謝』=『샤 / シャ』 『氏』=『시 / シ』 となる。 つまり、『和風』な『読み方』なのである。 この『書物』が、 書かれた『地域』を経由して、 『謝』=『샤 / シャ』 『氏』=『시 / シ』 という『読み方』が、 『日本列島』に、伝わったのか? あるいは、 『日本列島』へ、 『輸出』するために、 書かれた『書物』なのか? 非常に、気になるところだが、 資料が少ないところでもある。 ・・・話を、戻そう。 『古代中国』を、 一言で表すとすると、 『殷周秦漢』 となる。 そして、『神代中国』を、 一言で表すとすると、 『三皇五帝』 となる。 『黄帝』の『子』が、建国した、 『諸侯国』のひとつに、 『謝』 が、あった・・・が、 『周 (西周)』に、滅ぼされた。 『秦の始皇帝』が、『天下統一』をするよりも、 ずっと、昔の話となる。 そして、『謝』という『国名』は、 『謝』という『氏』に繋がったと、 考えられる。 『謝氏 (サッシ)』 ⇒『佐氏 (さし)』 で、あるならば、 『古事記』の『刺国』 =『魏志倭人伝』の『佐治国』 =『佐氏』の『国』 の『歴史』は、 とても、古いという事になる。 【 まとめ 】 【 これまでのあらすじ 】 『東』=『木』=『青』=『木国』 『南』=『火』=『赤』=『火国』 『中』=『土』=『黄』=『邪馬台国 (宇佐)』 『西』=『金』=『白』=『金官伽耶』 『北』=『水』=『黒』=『出雲国』 『伊邪那岐』は、 『三貴神』に対して、 『天照』⇒『高天原』 =『大和 (奈良盆地)』 『月読』⇒『夜之食国』 =『豊国』、あるいは、 『筑紫国』を含めた、 『北九州』。 『須佐之男』⇒『海原』 =『畿内』と『北九州』を結ぶ、 『海路』。 すなわち、『瀬戸内海』。 を、治めるよう、『詔』した。 『刺国 (佐治国)』⇒『武蔵国』 『葦原色許男』=『葦原志挙乎』 =『味原』の『醜男』 =『難波』の『人物』 =『佐氏』 『須佐之男』と『葦原色許男』は、 面識があった。 『畿内』の『入口』と言えば、 『摂津国』の『難波』 である。 そして、 『須佐之男』 『葦原色許男』 は、 『摂津国』の『難波』 において、顔を合わせていたと、 考えられる。 さらに、【 あらすじ 】を、考慮すると、 『須佐之男』 =『畿内』と『北九州』を結ぶ、 『海路』の『統治者』 『葦原色許男』 =『畿内』と『関東』を結ぶ、 『海路』の『統治者』 であったと、いう事になる。 また、『日本古代史シリーズ』では、 『卑弥呼』の『男弟』の『孫』 =『葦原色許男』 と、している。 『魏志倭人伝』の時代、 『卑弥呼』 =『畿内』と『北九州』を結ぶ、 『海路』の『統治者』 『男弟』 =『畿内』と『関東』を結ぶ、 『海路』の『統治者』 で、あったのかもしれない。 すると、気になるのが、 『邪馬台国 (宇佐)』 『葦原色許男』 の、関係である。 そして、 『邪馬台国』⇒『宇佐』 と、成ったのは、 いつの頃なのだろうか? 『日本古代史シリーズ』では、 【 西日本 】 『須佐之男』 ⇒『宇迦之御魂 (宇家)』 =『須世理毘売』 =『大国主』 ⇒『大年』 ⇒『韓神 (感神)』 =『天之日矛』 ⇒『牛頭天王 (宇氏)』の『系譜』 【 東日本 】 『刺国大神 (佐氏)』 ⇒『刺国若比売 (佐氏)』 ⇒『大穴牟遅 (佐氏)』 =『葦原色許男 (佐氏)』 ⇒『刺挟木俣 (佐氏)』 ⇒『座頭天王 (佐氏)』の『系譜』 と、している。 『ふたつ』の『系譜』が、 『ひとつ』と、成った時、 『大和』=『大和盆地 (奈良盆地)』 を、『中心』とする、 『西日本』と『東日本』 も、また、『ひとつ』と成った。 そして、 『宇佐』 が、生まれたのだろう。 おしまい。
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by zouchan-land
| 2026-02-22 19:37
| 韓国語 (日本古代史など)。
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【 これまでのあらすじ 】 『高』 『天』 『馬』 『秦』 が、『例外』であるならば、 どうなるだろうか? 『日本古代史シリーズ』における、 『古代日本』の『一族』を、 『西』から『東』にかけて、 その『例』を、みてみよう。 ◎『許氏 (古賀)』 『福岡県古賀市 ~ 古賀神社』。 『許氏 (허씨 / ホッシ)』 ⇒『許氏 (こし)』 ⇒『古氏 (こし)』 ⇒『古家 (こが)』 ⇒『古賀 (こが)』 『許 黄玉 (허황옥 / ホ・ファンオク)』は、 『金官伽耶 初代 王妃』 となる。 ◎『宇氏 (宇賀)』 『出雲市口宇賀町 ~ 宇賀神社』。 『宇氏』 ⇒『宇家』 ⇒『宇賀』 おそらく、『その先』は、 『于氏 (우씨 / ウッシ)』 だろう。 『于氏』は、 『高句麗 (고구려 / コグリョ)』 の、『有力一族』であり、 『于素 (ウ・ソ)』の娘は、 『高句麗 第9代 故国川王』 『高句麗 第10代 山上王』 の『妻』となる、 『于氏王后』 である。 紀元200年頃の、 出来事となる。 つまり、 『古事記』 『魏志倭人伝』 の、少しだけ前の、 時代となる。 ◎『須氏 (須賀)』 『島根県雲南市 ~ 須我神社』 『須氏』 ⇒『須家』 ⇒『須賀』 ⇒『蘇我』 で、あるならば、 『須賀』の『その先』は、 『蘇氏』 と、考えらる。 しかし、『于氏 (宇賀)』と、 密接な関係があった事を、 考慮すると、 『扶余徐氏』 の方が、すっきりする。 ・・・本当に、そうなのだろうか? 『須佐之男』に、縁があるのは、 『出雲国』 である。 そして、『日本古代史シリーズ』では、 『東』=『木』=『青』=『木国』 『南』=『火』=『赤』=『火国』 『中』=『土』=『黄』=『邪馬台国 (宇佐)』 『西』=『金』=『白』=『金官伽耶』 『北』=『水』=『黒』=『出雲国』 と、している。 つまり、 『出雲』=『雲』より『出』づるもの。 =『水』 と、している。 さらに、 『水巫女』⇒『すみこ』 と、している。 つまり、 『水』=『수 / ス』 となる。 そして、『現代日中韓台』。 『水』という『氏』は、 今なお、残る、『氏』となる。 『日本古代史シリーズ』では、 『須佐之男』が、最終的に、 落ち着いた『地域』は、 『根堅州国』=『伯耆国』 ⇒『鳥取県』 と、している。 そして、『現代日本』。 『水』 という『氏』は、 『鳥取県』に、 今なお、残る、『氏』となる。 ◎『高氏 (高志 / 越)』 『高志国』 =『越国』 ⇒『福井県敦賀市』~『山形県庄内地方』 紀元前1世紀頃、 現在の中国東北部 (満州) 付近には、 『扶余 (부여 / プヨ)』 という国があった。 『扶余』の王子として生まれた、 『朱蒙 (주몽 / チュモン)』 は、『扶余』の地より南下し、 紀元前37年、 『高句麗 (고구려 / コグリョ)』 を、建国した。 そして、自らを、 『高氏 (고씨 / コッシ)』 と、名乗った。 ◎『李氏 (石)』 『諏訪』⇒『長野県』 『ミシャグジ』 =『御石神』 =『石』 =『李氏 (이씨 / イッシ)』 『秦の始皇帝』の時代、 『丞相 (宰相)』であったのは、 『李 斯 (リ・シ)』 となる。 【 まとめ 】 『宇賀 (宇迦)』は、 『稲荷』と、縁がある。 そして、『稲荷』は、 『日本』で、最も、 『広範囲』で、 『信仰』されている。 つまり、『宇氏』は、 『全国区』 となる。 また、『日本書紀』によると、 『須佐之男』は、 『日本列島』⇔『朝鮮半島』 を、行き来してた。 つまり、『須氏』は、 『国際的』 となる。 『中央』に集った、 『高』 『天』 『馬』 『秦』 と、『各地』に広まった、 『宇』 『須』 が、『例外』であるならば、 どうなるだろうか?
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by zouchan-land
| 2026-02-19 22:15
| 韓国語 (日本古代史など)。
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【 これまでのあらすじ 】 『大国主』の祖父 =『刺国若比売』の父 =『刺国大神』 =『佐氏の国』の『大神』 『大国主』の母 =『刺国若比売』 =『刺国』の『若』の『比売』 =『佐氏の国』の『和家』の『姫』 『魏志倭人伝』には、 卑弥呼 ~ 中略 ~ 有男弟佐治国 『卑弥呼』~ 中略 ~ 『佐治国』に『男弟』有り。 と、記されている。 『古事記』の『刺国』 =『魏志倭人伝』の『佐治国』 =『佐氏』の『国』 『建御名方 (諏訪)』 『建御雷 (鹿島)』 の『一族』、すなわち、 『建 (たけ)』 =『武 (たけ)』 ⇒『竹 (たけ)』 ⇒『田家 (たけ)』 ⇒『多家 (たけ)』 ⇒『太家 (たけ)』 の『一族』が、 『刺国』に『移民』したのち、 『刺国 (佐治国)』⇒『武蔵国』 と、成った。 そして、『現代日本』。 『佐氏』という『氏』は、 『関東地方』に、 今なお、残る、『氏』となる。 さらに、『韓国』では、 どうなのか? ・・・と、いうと、 『佐』という『氏』は、 ここ10年程で、 その歴史が、途絶えてしまった。 今回から、 『古事記』の『刺国』 =『魏志倭人伝』の『佐治国』 =『佐氏』の『国』 の、『その先』を、 『考察』してみようと、思う。 『日本古代史シリーズ』では、 『高天原 (たかあまはら)』 =『高木』と『天照』が、いた『都』 =『大和 (現:奈良)』 と、している。 『古事記』には、 『高天原 (訓高下天云阿麻)』 『高天原 (『高』の下の『天』、 『阿麻 (あま)』と云う。)』 と、記されている。 この考察は、横書きであるが、 原文は、縦書きなので、 『高下天』 =『高』の『下 (次)』の『天』 となる。 つまり、 『高天原』=『たかあまはら』 であると、『太安万侶』が、 述べているのだが、 『高天原』=『たかまがはら』 と、読まれる事もある。 おそらく、これらは、 いずれも、正しい。 これまでの考察を、 まとめてみると、 『高天原 (たかまがはら)』 =『高 (たか)』+『天 (まが)』+『原』 =『多家 (たか)』+『馬家 (まが)』+『原』 =『多賀』+『馬賀』+『原』 =『多賀』と『馬賀』が、いた『都』 =『大和 (現:奈良)』 となる。 すると、疑問が生じる。 『高天原 (たかあまはら)』 ⇒『高天原 (たかまがはら)』 は、いつから、読み方が、 変化したのだろうか? おそらく、それは、 『天照』が、『伊勢』に、 移り住んだ頃からだろう。 『伊勢』を訪れた、『天照』は、 『伊勢』=『可怜国』 と、述べている。 『日本古代史シリーズ』では、 『伊勢国』=『可怜国』 =『美し国』 =『うましくに』 =『馬氏』の『国』 『宇麻志』=『宇摩志』 =『馬氏 (ウマシ)』 ⇒『馬家 (マガ)』 =『馬賀(マガ)』 =『禍 (マガ)』 と、している。 『高天原 (中央)』の『天照』が、 『伊勢 (地方)』に移った。 その代りとして、 『高天原 (中央)』に移ったのが、 『宇麻志』=『宇摩志』 =『馬氏 (ウマシ)』 ⇒『馬家 (マガ)』 =『馬賀(マガ)』 =『禍 (マガ)』 なのだろう。 つまり、『現代日本』で、 いうところの、 『政権交代』 となる。 『中央』といえば、 もうひとつ、忘れてはいけない、 『一族』がいる。 『古代日本』の『中心』は、 『畿内』=『奈良』『京都』『大阪』 であった。 さらに、その『中心』は、 『山城国』 となる。 『山城国』といえば、 『秦氏』なのだが、 『秦氏』は、 『畿内』の『中心』に、 『拠点』を構えた。 ・・・のではなく、 『秦氏』を『中心』として、 『古代日本』の『中心』が回り、 『畿内』となった。 ・・・のかも、しれない。 【 まとめ 】 そして、 『高』 『天』 『馬』 『秦』 が、『例外』であるならば、 どうなるだろうか?
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by zouchan-land
| 2026-02-16 08:32
| 韓国語 (日本古代史など)。
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【 これまでのあらすじ 】 『東』=『木』=『青』=『木国』 『南』=『火』=『赤』=『火国』 『中』=『土』=『黄』=『邪馬台国 (宇佐)』 『西』=『金』=『白』=『金官伽耶』 『北』=『水』=『黒』=『出雲国』 『月読』=『月夜見』 =『月』+『夜』+『見』 =『月氏』+『여 (ヨ)』+『御』 =『筑紫』+『女』+『王』 =『筑紫国』の『女王』 『卑弥呼』の『死去』は、 『247年頃』。 『神武天皇』の即位は、 『およそ、紀元281年』。 『卑弥呼』と『天照』は、 『同時代』の『人物』。 『黄泉国』=『夜見国』 =『女王国』 『黄泉国』の『統治者』 =『伊邪那美 (黄泉津大神)』 『豊国 (宇佐)』の『卑弥呼』 が、争ったのは、 『日向』の『誰』? 『卑弥呼』が登場するのは、 『魏志倭人伝』である。 まずは、『魏志倭人伝』を、 見てみよう。 『魏志倭人伝』によると、 『女王国以北』は、 『可得略載』となる。 つまり、ある程度、 把握していた。 『邪馬台国 (宇佐)』の『以北』は、 『出雲国』であり、『出雲国』は、 『魏志倭人伝』が書かれた時代よりも、 前の時代から、 『大陸』との繋がりがあったという事になる。 すると、どうなるのか? ・・・と、いうと、 『247年頃』よりも、前の時代の、 『出雲国』の『統治者』 と、繋がりがあったという事になる。 それは、つまり、 『出雲国』の『統治者』 =『黄泉国』の『女王』 =『伊邪那美 (黄泉津大神)』 である。 今度は、『古事記』を、見てみよう。 『日本古代史シリーズ』では、 『月読』が、 『邪馬台国 (宇佐)』の『女王』 に、成ったと、している。 つまり、 『月読』=『筑紫国』の『女王』 ではなく、『伊邪那岐』が、 『月読』=『月氏』であり、 『筑紫国』の『王族』 に、 『夜之食国』=『邪馬台国 (宇佐)』 を、治めるよう、 『詔』したという事になる。 すると、 『東』=『木』=『青』=『木国』 『南』=『火』=『赤』=『火国』 『中』=『土』=『黄』=『邪馬台国 (宇佐)』 『西』=『金』=『白』=『金官伽耶』 『北』=『水』=『黒』=『出雲国』 という『連合国家 (倭国)』は、 『木国』 『火国』 『金官伽耶』 『出雲国』 における、『王族』などの『有力者』から、 『盟主』となる、 『邪馬台国 (宇佐)』の、 『王』、あるいは、『女王』 を、立てていたと考えられる。 『魏志倭人伝』には、 『卑弥呼』は、『年已長大』、 つまり、ある程度、 高齢であったと、記されている。 すると、 『三貴神』よりも、 1世代、前の世代。 『出雲国』の『女王』。 で、あった、 『伊邪那美 (黄泉津大神)』 =『黄泉国』の『統治者』 =『出雲国』の『女王』 が、 『邪馬台国 (宇佐)』の『女王』 と成った可能性が、出てくる。 『日本古代史シリーズ』では、 『壱与 (台与)』は、 『卑弥呼』の『親族』であり、 『壱与 (台与)』=『イ・チヨ (李氏)』 と、している。 そして、『卑弥呼』の『男弟』は、 『佐治国』=『佐氏』の『国』 に、『有』ったとしている。 『伊邪那美』が、 『伊邪那美』 =『李氏』+『佐氏』+『那美』 ⇒『李氏』と『佐氏』に連なる、 『那美 (なみ)』という『女性』 であるならば、 いずれも、つじつまが合う。 そして、『現代日本』。 『なみ』という『人物名』は、 『女性名』として使われる。 【 まとめ 】 『豊国 (宇佐)』の『卑弥呼』 が、争ったのは、 『日向』の『誰』? その『こたえ』は、 『古事記』に記されている。 『伊邪那岐』と『伊邪那美』の、 最後の『会話』は、 愛我那勢命 爲如此者 汝国之人草 一日絞殺千頭 愛我那邇妹命 汝爲然者 吾一日立千五百産屋 となる。 『人草』=『民草』 を、『1日』に、 『1,000人』、殺す。 つまり、『戦争』の『開幕』だろう。 『伊邪那岐』は、 『女王』の『勢力』が弱い、 『日向』 を、『拠点』にして、 『伊邪那美』 =『邪馬台国 (宇佐)』の『女王』 と、争い、『勝利』し、 『邪馬台国 (宇佐)』の『王』 と、成ったのち、 自らと、『伊邪那美』の『親族』である、 『月読』 に、『王位』を譲ったという事になる。 『伊邪那岐』も、また、 『伊邪那岐』 =『李氏』+『佐氏』+『那岐』 ⇒『李氏』と『佐氏』に連なる、 『那岐 (なぎ)』という『人物』 となる。 そして、『現代日本』。 『なぎ』という『人物名』は、 『男性名』、あるいは、 『女性名』として使われる。 つまり、『魏志倭人伝』に記されている、 『卑弥呼』 『卑弥弓呼』 『男王』 『壱与 (台与)』 は、 『伊邪那美』=『卑弥呼』 『伊邪那岐』=『卑弥弓呼』=『男王』 『月読』=『壱与 (台与)』 と、いう事になる。 『伊邪那美』 『伊邪那岐』 そして、 『卑弥呼』 『卑弥弓呼』 いずれも、 類似した『人物名』となる。 『伊邪那岐』と、『伊邪那美』は、 実の『兄妹』だったのかもしれない。 そして、『卑弥呼』の『男弟』は、 『大穴牟遅』=『葦原色許男』 の、『祖父』である、 『刺国大神』=『佐氏』の『国』の『大神』 だろう。 ・・・そして、次回から、 とある『古代』の最終考察≪epilogue≫(仮) となる。
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by zouchan-land
| 2026-02-13 14:16
| 韓国語 (日本古代史など)。
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【 これまでのあらすじ 】 『東』=『木』=『青』=『木国』 『南』=『火』=『赤』=『火国』 『中』=『土』=『黄』=『邪馬台国 (宇佐)』 『西』=『金』=『白』=『金官伽耶』 『北』=『水』=『黒』=『出雲国』 『卑弥呼』の『死去』は、 『247年頃』。 『神武天皇』の即位は、 『およそ、紀元281年』。 『卑弥呼』と『天照』は、 『同時代』の『人物』。 『月読』=『月夜見』 =『月』+『夜』+『見』 =『月氏』+『여 (ヨ)』+『御』 =『筑紫』+『女』+『王』 =『筑紫国』の『女王』 『黄泉国』=『夜見国』 =『女王国』 『黄泉国』の『統治者』 =『伊邪那美 (黄泉津大神)』 『卑弥呼』の『有力候補者』として、 『月読』=『筑紫国』の『女王』 『伊邪那美』=『黄泉津大神』 が、挙げられる。 そして、 『黄泉国』=『夜見国』 =『女王国』 =『出雲国』 と、考えられるため、 『卑弥呼』=『月読』 『男王』=『大山津見』 『壱与』=『石長比売』 という結論に、至った。 つまり、 『魏志倭人伝』の、 倭女王卑弥呼與 狗奴国男王卑彌弓呼素不和 遺倭載斯烏越等詣郡説相攻擊状 が、 『倭女王卑弥呼』 =『豊国 (宇佐)』の『月読』 と、 『狗奴国男王』 =『日向』の『高木 (高御産巣日)』 の争いであり、 『古事記』の、 於是天忍穗耳命 於天浮橋多多志 而詔之豊葦原之 千秋長五百秋之 水穂国者 伊多久佐夜芸弖 有那理告而 に相当する。 と、した。 しかし、『第18幕』では、 『高木』と『天照』が、いた『都』 =『高天原』 =『大和 (現:奈良)』 という結論に、至った。 すると、疑問が生じる。 『豊国 (宇佐)』の『卑弥呼』 が、争ったのは、 『日向』の『誰』? 【 まとめ 】 今回は『出題回』となってしまったが、 『問題』から、連想されるのは、 『なぞなぞ』 となる。 『韓国語』で、『なぞなぞ』は、 『なぞなぞ』 =『수수께끼 (ススッケッキ)』 となる。 さて、『とうもろこし』は、 『とうもろこし』 =『옥수수 (玉薥薥 / オクスス)』 となる。 そして、 『옥 (玉 / オク)』 =『翡翠 (宝石)』 『수수 (薥薥 / スス)』 =『もろこし』 となる。 つまり、 『とうもろこし』 =『翡翠 (宝石)』のような、 『もろこし』 となる。 さらに、『ケーキ』は、 『ケーキ』 =『케이크 (ケイク)』 と、なるのだが、 『朝鮮半島』において、 『棒アイス』を意味する、 『아이스 케이크 (アイス ケイク)』 が、 『아이스께끼 (アイスッケッキ)』 と、呼ばれた時代が、あった。 つまり、 『께끼 (ッケッキ)』 =『케이크 (ケイク)』 =『ケーキ』 となる。 すると、 『수수께끼 (なぞなぞ)』 =『수수』+『께끼』 =『もろこし』+『ケーキ』 =『もろこしケーキ』 となる。 『もろこし味』の、 『棒アイス』を、 『何味』なのかを、 知らずに食べたら、 『?? (なぞなぞ)』 と、なる事だろう。
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by zouchan-land
| 2026-02-10 09:37
| 韓国語 (日本古代史など)。
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