琴棋書画。 |
![]() by zouchan-land
以前の記事
2026年 02月 2026年 01月 2025年 12月 2025年 11月 2025年 10月 2025年 09月 2025年 08月 2025年 07月 2025年 06月 2025年 05月 2025年 04月 2025年 03月 2025年 02月 2025年 01月 2024年 12月 2024年 11月 2024年 10月 2024年 09月 2024年 08月 2024年 07月 2024年 06月 2024年 05月 2024年 04月 2024年 03月 2024年 02月 2024年 01月 2023年 12月 2023年 11月 2023年 10月 2023年 09月 2023年 08月 2023年 07月 2023年 06月 2023年 05月 2020年 08月 2015年 06月 2014年 10月 2014年 07月 2014年 03月 2014年 01月 2013年 12月 2013年 11月 2013年 10月 2013年 09月 2013年 08月 2013年 07月 2013年 06月 2013年 05月 2013年 04月 2013年 03月 2012年 12月 2012年 10月 2012年 07月 2012年 06月 2012年 05月 2012年 04月 2012年 03月 2012年 02月 2012年 01月 2011年 12月 2011年 11月 2011年 09月 |
【 これまでのあらすじ 】 『大国主』の祖父 =『刺国若比売』の父 =『刺国大神』 =『佐氏の国』の『大神』 『大国主』の母 =『刺国若比売』 =『刺国』の『若』の『比売』 =『佐氏の国』の『和家』の『姫』 『魏志倭人伝』には、 卑弥呼 ~ 中略 ~ 有男弟佐治国 『卑弥呼』~ 中略 ~ 『佐治国』に『男弟』有り。 と、記されている。 『古事記』の『刺国』 =『魏志倭人伝』の『佐治国』 =『佐氏』の『国』 『建御名方 (諏訪)』 『建御雷 (鹿島)』 の『一族』、すなわち、 『建 (たけ)』 =『武 (たけ)』 ⇒『竹 (たけ)』 ⇒『田家 (たけ)』 ⇒『多家 (たけ)』 ⇒『太家 (たけ)』 の『一族』が、 『刺国』に『移民』したのち、 『刺国 (佐治国)』⇒『武蔵国』 と、成った。 そして、『現代日本』。 『佐氏』という『氏』は、 『関東地方』に、 今なお、残る、『氏』となる。 さらに、『韓国』では、 どうなのか? ・・・と、いうと、 『佐』という『氏』は、 ここ10年程で、 その歴史が、途絶えてしまった。 今回から、 『古事記』の『刺国』 =『魏志倭人伝』の『佐治国』 =『佐氏』の『国』 の、『その先』を、 『考察』してみようと、思う。 『日本古代史シリーズ』では、 『高天原 (たかあまはら)』 =『高木』と『天照』が、いた『都』 =『大和 (現:奈良)』 と、している。 『古事記』には、 『高天原 (訓高下天云阿麻)』 『高天原 (『高』の下の『天』、 『阿麻 (あま)』と云う。)』 と、記されている。 この考察は、横書きであるが、 原文は、縦書きなので、 『高下天』 =『高』の『下 (次)』の『天』 となる。 つまり、 『高天原』=『たかあまはら』 であると、『太安万侶』が、 述べているのだが、 『高天原』=『たかまがはら』 と、読まれる事もある。 おそらく、これらは、 いずれも、正しい。 これまでの考察を、 まとめてみると、 『高天原 (たかまがはら)』 =『高 (たか)』+『天 (まが)』+『原』 =『多家 (たか)』+『馬家 (まが)』+『原』 =『多賀』+『馬賀』+『原』 =『多賀』と『馬賀』が、いた『都』 =『大和 (現:奈良)』 となる。 すると、疑問が生じる。 『高天原 (たかあまはら)』 ⇒『高天原 (たかまがはら)』 は、いつから、読み方が、 変化したのだろうか? おそらく、それは、 『天照』が、『伊勢』に、 移り住んだ頃からだろう。 『伊勢』を訪れた、『天照』は、 『伊勢』=『可怜国』 と、述べている。 『日本古代史シリーズ』では、 『伊勢国』=『可怜国』 =『美し国』 =『うましくに』 =『馬氏』の『国』 『宇麻志』=『宇摩志』 =『馬氏 (ウマシ)』 ⇒『馬家 (マガ)』 =『馬賀(マガ)』 =『禍 (マガ)』 と、している。 『高天原 (中央)』の『天照』が、 『伊勢 (地方)』に移った。 その代りとして、 『高天原 (中央)』に移ったのが、 『宇麻志』=『宇摩志』 =『馬氏 (ウマシ)』 ⇒『馬家 (マガ)』 =『馬賀(マガ)』 =『禍 (マガ)』 なのだろう。 つまり、『現代日本』で、 いうところの、 『政権交代』 となる。 『中央』といえば、 もうひとつ、忘れてはいけない、 『一族』がいる。 『古代日本』の『中心』は、 『畿内』=『奈良』『京都』『大阪』 であった。 さらに、その『中心』は、 『山城国』 となる。 『山城国』といえば、 『秦氏』なのだが、 『秦氏』は、 『畿内』の『中心』に、 『拠点』を構えた。 ・・・のではなく、 『秦氏』を『中心』として、 『古代日本』の『中心』が回り、 『畿内』となった。 ・・・のかも、しれない。 【 まとめ 】 そして、 『高』 『天』 『馬』 『秦』 が、『例外』であるならば、 どうなるだろうか?
by zouchan-land
| 2026-02-16 08:32
| 韓国語 (日本古代史など)。
|
Comments(0)
|
カテゴリ
ブログジャンル
最新の記事
画像一覧
記事ランキング
|
ファン申請 |
||