琴棋書画。 |
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【 これまでのあらすじ 】 『天地初発之時』 =『天の地』が、『始発点』の『時』 =『藤原 (のちの、橿原市)』が、 『始発点』の『時』 『中国 (なかつくに)』 =『中津国』 =『中』の『国』 =『那家』の『国』 =『那賀』の『国』 『原初』の『中国 (那賀国)』 = のちの、『大和国』 『別天神』の時代の『中国』 = のちの、『近畿地方』 『中国』は、その後、 『西』に向って、 勢力を、拡大したと、 考えられる。 『古事記』における、 『神世七代』の冒頭は、 次成神名 国之常立神 と、記されている。 『次』と、記されているという事は、 『神世七代』は、 『別天神』の続きであり、 『神世七代』も、また、 『始発点』=『藤原 (のちの、橿原市)』 という事になる。 さて、 『伊邪那岐』 『伊邪那美』 は、どのような『経路』を辿り、 どこに辿り着いたのだろうか? まずは、『伊邪那岐』から、 縁ある地を、羅列してみよう。 『比婆之山』 ⇒ 葬出雲国與 伯伎国 (伯耆国) 堺比婆之山也 『黄泉国』 ⇒ 追往黄泉国 『黄泉比良坂』 ⇒ 黄泉比良坂者 今謂出雲国之 伊賦夜坂也 『筑紫日向 (日向国)』 ⇒ 到坐竺紫日向之 橘小門之阿波岐原而 『淡海 (近江国)』の、『多賀』 ⇒ 故其伊邪那岐大神者 坐淡海之多賀也 『淡路之洲 (淡路国)』 ⇒ 構幽宮於淡路之洲 (日本書紀) 晩年、縁なく、 遠い地で過ごし、 亡くなったとは考えにくい。 『伊邪那岐』は、 『藤原 (のちの、橿原市)』を、 『初発』したのち、 『藤原 (大和国)』 ⇒『淡海 (近江国)』の、『多賀』 ⇒『琵琶湖』 ⇒『瀬田川』 ⇒『宇治川』 ⇒『淀川』 ⇒『大阪湾』 ⇒『淡路之洲 (淡路国)』 ⇒『出雲国』 ⇒『日向 (日向国)』 ⇒『淡路之洲 (淡路国)』 ⇒『淡海 (近江国)』の、『多賀』 と、巡り巡って、 縁ある地に戻ったと、想定できる。 そして、『伊邪那美』に、 縁ある地は? ・・・と、いうと、 『黄泉国』 の他、見当たらない? ・・・とも、限らない。 『伊邪那美』の『病臥』の原因は、 『火之迦具土』 である。 また、『日本古代史シリーズ』では、 『火之迦具土』 =『火国 (肥国)』の『統治者』 と、している。 つまり、『伊邪那美』は、 『火国 (肥国)』まで、 到達していたという事になる。 『2柱』の『経路』については、 他にも、根拠がある。 『古事記』によると、 『伊邪那岐』は、 『伊邪那美』に、 然者吾與汝 行廻逢是天之御柱 然らば、 吾 (われ) と、汝 (なんじ)、 この『天之御柱』を、 廻って行き、逢おう。 と、『詔』している。 『天之御柱』とは、 『藤原 (大和国)』から見た、 『本州 (西側)』だろう。 『古事記』によると、 その様子は、 汝者自右廻逢 我者自左廻逢 汝 (伊邪那美) は、右廻り。 我 (伊邪那岐) は、左廻り。 となる。 すると、 『伊邪那岐』⇒『瀬戸内海』 『伊邪那美』⇒『日本海』 を、廻ったという事になる。 そして、 『本州』の『西端』 で、『逢』ったという事になる。 また、『古事記』によると、 汝者自右廻逢 我者自左廻逢 は、『2度』、行われている。 『2度目』は、 『九州』 であり、 『伊邪那岐』⇒『日向 (日向国)』 『伊邪那美』⇒『火国 (肥国)』 と、いう事になる。 【 まとめ 】 『日本古代史シリーズ』では、 『日向』は、『火国』の、 一部であったと、している。 独立した時期は、 『いつ』なのだろうか? ここで、『地理』の勉強。 『九州』を、 簡単に図示してみると、 福岡 大分 佐賀 長崎 熊本 宮﨑 鹿児島 となる。 古くは、 『火国 (肥国)』 =『熊本』+『佐賀』+『長崎』 『日向 (日向国)』 =『宮崎』+『鹿児島』 で、あったので、 『日向』が、『火国』の、 一部であった時代は、 『大分』 『福岡』 を除く、『九州全域』が、 『火国 (肥国)』であったと、 いう事になる。 ・・・もう少し、考えてみよう。 『日本古代史シリーズ』では、 『月読』=『月氏 (つくし)』 =『筑紫 (つくし)』 =『筑紫 (ちくし)』 =『竺氏 (ちくし)』 『月読』=『筑紫国』の『統治者』 と、している。 また、『古事記』によると、 『伊邪那岐』は、 『月読』に、 『夜之食国』 を、治めるように、 『詔』している。 つまり、 『夜之食国』=『筑紫国』 となる。 そして、『火之迦具土』の、 『別名』に、 『夜藝速男』 が、ある。 『火之迦具土』 =『夜藝速男』 =『夜之食国』の『統治者』、 あるいは、『王族』 =『筑紫国』の『統治者』、 あるいは、『王族』 で、あるならば、 『福岡』も、また、 『火国 (肥国)』の、 一部であった可能性がある。 ・・・もう少し、考えてみよう。 『第16章』で、 『大倭豊秋津嶋』は、 『大倭』=『大和国』 『豊』=『豊国』 『秋』=『安芸国』 『津』=『津国 (摂津国)』 を、繋ぐ、 『陸路』 『海路』 と、している。 『九州』に、 『大倭』=『大和国』 の、支配地として造られたのが、 『豊』=『豊国』 で、あるならば、 『豊国』の建国以前は、 『火国 (肥国)』の、 一部であった可能性がある。 『古事記』よりも、前の時代、 『火国 (肥国)』=『九州全域』 という『大国』が、 存在していたのかもしれない。 そして、『火国 (肥国)』が、 『九州』=『九つ』の『州 (クニ)』 に、分かれた。 おそらく、その『起源』は、 拔所御佩之十拳剣斬 其子迦具土神之頸 だろう。 『火之迦具土』の体から、 『正鹿山津見』 『淤縢山津見』 『奥山津見』 『闇山津見』 『志藝山津見』 『羽山津見』 『原山津見』 『戸山津見』 『8柱』が、生れた。 『日本古代史シリーズ』では、 『見』=『王』 と、している。 『火之迦具土』が、統治していた地は、 『8人』の『王』 に、分かれたのだろう。 つまり、 『8つ』の『国』 に、分かれたという事になる。 そして、これらの『国々』に、 『伊邪那岐』に連なる『神々』の、 『日向 (日向国)』 を、加えると、 『九州』=『九つ』の『州 (クニ)』 となる。
by zouchan-land
| 2026-02-04 09:56
| 韓国語 (日本古代史など)。
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