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琴棋書画。


琴棋書画。 文人の楽しみ。 教養や風雅を身につけた文化人の風流な遊び。 また、そのたしなみ。 琴を弾き、碁を打ち、書を書き、絵を描くこと。
by zouchan-land
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とある『古事記』の天地開闢≪episode zero≫ ~ 第17幕。

 【 これまでのあらすじ 】

  『天地初発之時』
 =『天の地』が、『始発点』の『時』
 =『藤原 (のちの、橿原市)』が、
  『始発点』の『時』

  『中国 (なかつくに)』
 =『中津国』
 =『中』の『国』
 =『那家』の『国』
 =『那賀』の『国』

  『原初』の『中国 (那賀国)』
 = のちの、『大和国』

  『別天神』の時代の『中国』
 = のちの、『近畿地方』

『中国』は、その後、
『西』に向って、
勢力を、拡大したと、
考えられる。


『古事記』における、
『神世七代』の冒頭は、

 次成神名
 国之常立神

と、記されている。

『次』と、記されているという事は、
『神世七代』は、
『別天神』の続きであり、
『神世七代』も、また、

 『始発点』=『藤原 (のちの、橿原市)』

という事になる。


さて、

 『伊邪那岐』
 『伊邪那美』

は、どのような『経路』を辿り、
どこに辿り着いたのだろうか?


まずは、『伊邪那岐』から、
縁ある地を、羅列してみよう。


 『比婆之山』
   ⇒ 葬出雲国與
     伯伎国 (伯耆国)
     堺比婆之山也

 『黄泉国』
   ⇒ 追往黄泉国

 『黄泉比良坂』
   ⇒ 黄泉比良坂者
     今謂出雲国之
     伊賦夜坂也

 『筑紫日向 (日向国)』
   ⇒ 到坐竺紫日向之
     橘小門之阿波岐原而

 『淡海 (近江国)』の、『多賀』
   ⇒ 故其伊邪那岐大神者
     坐淡海之多賀也

 『淡路之洲 (淡路国)』
   ⇒ 構幽宮於淡路之洲 (日本書紀)


晩年、縁なく、
遠い地で過ごし、
亡くなったとは考えにくい。

『伊邪那岐』は、
『藤原 (のちの、橿原市)』を、
『初発』したのち、

  『藤原 (大和国)』
 ⇒『淡海 (近江国)』の、『多賀』
 ⇒『琵琶湖』
 ⇒『瀬田川』
 ⇒『宇治川』
 ⇒『淀川』
 ⇒『大阪湾』
 ⇒『淡路之洲 (淡路国)』
 ⇒『出雲国』
 ⇒『日向 (日向国)』
 ⇒『淡路之洲 (淡路国)』
 ⇒『淡海 (近江国)』の、『多賀』

と、巡り巡って、
縁ある地に戻ったと、想定できる。


そして、『伊邪那美』に、
縁ある地は?
・・・と、いうと、

 『黄泉国』

の他、見当たらない?
・・・とも、限らない。


『伊邪那美』の『病臥』の原因は、

 『火之迦具土』

である。
また、『日本古代史シリーズ』では、

  『火之迦具土』
 =『火国 (肥国)』の『統治者』

と、している。

つまり、『伊邪那美』は、
『火国 (肥国)』まで、
到達していたという事になる。


『2柱』の『経路』については、
他にも、根拠がある。

『古事記』によると、
『伊邪那岐』は、
『伊邪那美』に、

 然者吾與汝
 行廻逢是天之御柱

 然らば、
 吾 (われ) と、汝 (なんじ)、
 この『天之御柱』を、
 廻って行き、逢おう。

と、『詔』している。


『天之御柱』とは、
『藤原 (大和国)』から見た、
『本州 (西側)』だろう。
『古事記』によると、
その様子は、

 汝者自右廻逢
 我者自左廻逢

 汝 (伊邪那美) は、右廻り。
 我 (伊邪那岐) は、左廻り。

となる。
すると、

 『伊邪那岐』⇒『瀬戸内海』
 『伊邪那美』⇒『日本海』

を、廻ったという事になる。
そして、

 『本州』の『西端』

で、『逢』ったという事になる。


また、『古事記』によると、

 汝者自右廻逢
 我者自左廻逢

は、『2度』、行われている。
『2度目』は、

 『九州』

であり、

 『伊邪那岐』⇒『日向 (日向国)』
 『伊邪那美』⇒『火国 (肥国)』

と、いう事になる。


 【 まとめ 】

『日本古代史シリーズ』では、
『日向』は、『火国』の、
一部であったと、している。

独立した時期は、
『いつ』なのだろうか?


ここで、『地理』の勉強。

『九州』を、
簡単に図示してみると、


     福岡
          大分
   佐賀

 長崎

    熊本   宮﨑


      鹿児島


となる。

古くは、

  『火国 (肥国)』
 =『熊本』+『佐賀』+『長崎』

  『日向 (日向国)』
 =『宮崎』+『鹿児島』

で、あったので、
『日向』が、『火国』の、
一部であった時代は、

 『大分』
 『福岡』

を除く、『九州全域』が、
『火国 (肥国)』であったと、
いう事になる。


・・・もう少し、考えてみよう。
『日本古代史シリーズ』では、

 『月読』=『月氏 (つくし)』
     =『筑紫 (つくし)』
     =『筑紫 (ちくし)』
     =『竺氏 (ちくし)』

 『月読』=『筑紫国』の『統治者』

と、している。
また、『古事記』によると、
『伊邪那岐』は、
『月読』に、

 『夜之食国』

を、治めるように、
『詔』している。
つまり、

 『夜之食国』=『筑紫国』

となる。

そして、『火之迦具土』の、
『別名』に、

 『夜藝速男』

が、ある。

  『火之迦具土』
 =『夜藝速男』
 =『夜之食国』の『統治者』、
   あるいは、『王族』
 =『筑紫国』の『統治者』、
   あるいは、『王族』

で、あるならば、
『福岡』も、また、
『火国 (肥国)』の、
一部であった可能性がある。


・・・もう少し、考えてみよう。
『第16章』で、

 『大倭豊秋津嶋』は、

  『大倭』=『大和国』
   『豊』=『豊国』
   『秋』=『安芸国』
   『津』=『津国 (摂津国)』

 を、繋ぐ、

  『陸路』
  『海路』

と、している。
『九州』に、

 『大倭』=『大和国』

の、支配地として造られたのが、

 『豊』=『豊国』

で、あるならば、
『豊国』の建国以前は、
『火国 (肥国)』の、
一部であった可能性がある。


『古事記』よりも、前の時代、

 『火国 (肥国)』=『九州全域』

という『大国』が、
存在していたのかもしれない。


そして、『火国 (肥国)』が、

 『九州』=『九つ』の『州 (クニ)』

に、分かれた。
おそらく、その『起源』は、

 拔所御佩之十拳剣斬
 其子迦具土神之頸

だろう。


『火之迦具土』の体から、

 『正鹿山津見』
 『淤縢山津見』
 『奥山津見』
 『闇山津見』
 『志藝山津見』
 『羽山津見』
 『原山津見』
 『戸山津見』

『8柱』が、生れた。
『日本古代史シリーズ』では、

 『見』=『王』

と、している。
『火之迦具土』が、統治していた地は、

 『8人』の『王』

に、分かれたのだろう。
つまり、

 『8つ』の『国』

に、分かれたという事になる。


そして、これらの『国々』に、
『伊邪那岐』に連なる『神々』の、

 『日向 (日向国)』

を、加えると、

 『九州』=『九つ』の『州 (クニ)』

となる。

by zouchan-land | 2026-02-04 09:56 | 韓国語 (日本古代史など)。 | Comments(0)
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