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琴棋書画。


琴棋書画。 文人の楽しみ。 教養や風雅を身につけた文化人の風流な遊び。 また、そのたしなみ。 琴を弾き、碁を打ち、書を書き、絵を描くこと。
by zouchan-land
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とある『古事記』の天地開闢≪episode zero≫ ~ 第13幕。

 国之常立


 【 これまでのあらすじ 】

  『中国 (なかつくに)』
 =『中津国』
 =『中』の『国』
 =『那家』の『国』
 =『那賀』の『国』

  『原初』の『中国 (那賀国)』
 = のちの、『大和国』

  『別天神』の時代の『中国』
 = のちの、『近畿地方』

『中国』は、その後、
『西』に向って、
勢力を、拡大したと、
考えられる。


そして、それが、

 『神世七代』の時代

なのだろう。


 『別天神』と『神世七代』

を、見比べてみると、
気になるのが、

 『天之常立』=『別天神』
 『国之常立』=『神世七代』

である。
その違いは、

 『天』と『国』

となる。
そして、この2文字から連想されるのは、

 『天津神』と『国津神』

となる。

  『別天神』『天津神』
 『神世七代』『国津神』

ならば、話が早いのだが、
『第10幕』では、

 『別天神』=『和国 (倭国)』の『神』
      =『国津神』

との結論に、至っている。

おそらく、これらは、
いずれも、正しい。


さて、

 『別天神』
 『神世七代』

の時代、『近畿地方』に、

 『天之御中主』
 『高御産巣日』

が、居た。
つまり、

 『高天原』=『近畿地方』

であり、

 『天津神』=『別天神』
 『国津神』=『神世七代』

が、成立する。


そして、

 『三貴神』

の時代、すなわち、

 『天照』
 『月読』
 『須佐之男』

の時代、『日向』に、

 『天照』
 『高木 (高御産巣日)』

が、居た。
つまり、

 『高天原』=『日向』

であり、

 『天津神』=『日向』の『神』
 『国津神』=『中国 (那賀国)』の『神』

が、成立するという事になる。


 【 まとめ 】

・・・ややこしいので、
ちょっこし、補足してみよう。


まず、前提として、
『古代日本』における、『国』は、

 『国』=『行政区画 (行政区分)』

に、近い。
そして、
『日本列島』の『連合国家』としての、

 『大和 (旧:倭)』

が、存在したと、考えられる。


ならば、なぜ、

 『国』としての、
 『大和国 (現:奈良)』

 『連合国家』としての、
 『大和 (現:日本)』

が、一致するように、
なったのだろうか?


1871年、
『藩』が、『廃』され、
『県』が、『置』かれた。
いわゆる、

 『廃藩置県』

である。
明治政府は、当初、

 『県名』=『県庁所在地』

とする方針であった。
つまり、『県名』よりも先に、
『県庁所在地』が、
決められたのである。

たとえば、
『武蔵国』の『江戸』において、

 『江戸府』⇒『東京府』

と、成った時、
『府庁所在地』は、

 『東京市』

であった。


同様の事が、
『古代日本』でも、あったのだろう。

『奈良盆地』にあった、
『やまと』という『地名』に、
『中国語』の『倭』という、
『文字』が、当てられ、

 『国』としての、
 『倭国 (現:奈良)』

 『連合国家』としての、
 『倭 (現:日本)』

と、成り、のちに、

 『国』としての、
 『大和国 (現:奈良)』

 『連合国家』としての、
 『大和 (現:日本)』

に、成ったと、考えられる。


また、『日本古代史シリーズ』では、

 『倭国 (和国)』=『中国 (那賀国)』

と、している。

なぜ、『国名』が、
2つ、存在するのだろうか?

おそらく、これは、
『日本人』の『習慣』が、
『今』も、『昔』も、
変わらないからだろう。


『現代日本人』は、

 『アメリカ合衆国』

を、

 『米国 (べいこく)』

と、呼ぶ事がある。
・・・これは、まだ良い。
『略称』として、
割り切っているのだから・・・。


さらに、

 『グレートブリテン及び
  北アイルランド連合王国』

を、

 『イギリス』

と、呼んだり、

 『ネーデルラント王国』

を、

 『オランダ』

と、呼んだりする。


このような事は、
『都市名』でも、見受けられる。
たとえば、

 『クルンテープ・マハーナコーン・
  アモーンラッタナコーシン・
  マヒンタラーユッタヤー・
  マハーディロック・ポップ・
  ノッパラット・ラーチャタニーブリーロム・
  ウドムラーチャニウェートマハーサターン・
  アモーンピマーン・アワターンサティット・
  サッカタッティヤウィサヌカムプラシット』

を、

 『バンコク』

と、呼んだりする。


『古事記』における、

 『三貴神』~『神武東征』

の時代は、

 『日向』

が、舞台である。
『日向』の人々は、
『倭国 (大和)』の事を、

 『中国 (なかつくに)』=『那賀』の『国』

と、呼んでいたのだろう。

by zouchan-land | 2026-01-23 10:42 | 韓国語 (日本古代史など)。 | Comments(0)
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