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【 これまでのあらすじ 】 『天地初発之時』 =『天の地』が、『始発点』の『時』 そして、 『天地 (天の地)』 とは、どこなのか? ・・・を、考察してきたが、 『第3幕』~『第9幕』で、 『候補地』とした『地域』は、 『第10幕』で、 『終着点』という結論に、達した。 ならば、今度は、 『時系列』で、考えてみよう。 『古事記』において、 『別天神』が、 正しい、『時系列』で、 記載されているならば、 『原初』の『神』は、 『天之御中主』 である。 そして、『第3幕』では、 『天之御』=『中主』 『天』の『御』=『中』の『主』 『天』の『王』=『那家』の『主』 『天王』=『那賀』の『王 (王女)』 と、している。 また、『日本古代史シリーズ』では、 『中国 (なかつくに)』 =『中津国』 =『中』の『国』 =『那家』の『国』 =『那賀』の『国』 と、している。 『伊波礼毘古 (神武天皇)』の時代、 『那賀須泥毘古』は、 『大和』の『王』 で、あった事を、考慮すると、 『原初』の『中国 (那賀国)』は、 のちの、『大和国』 であると、考えられる。 また、 『天地初発之時』 =『天の地』が、『始発点』の『時』 で、あり、 『天』の『王』⇒『那賀』の『主』 という図式が、成り立つならば、 『天之御中主』の『天』 は、『国』、あるいは、 『地域』を意味すると、 想定できる。 『大和国』=『奈良』 において、 『天』に縁ある『地域』は、 どこになるのだろうか? さて、『古事記』に、 『初代 神武天皇』の、 『大和』における様子として、 坐畝火之白 檮原宮 治天下也 畝火の白、 檮原宮に坐して、 天下を治めた。 と、記されている。 『檮原 (かしはら)』 =『(のちの、) 奈良県橿原市』 で、あり、 『畝火 (うねび)』 =『畝傍山周辺 (奈良県橿原市)』 となる。 ならば、 『白 (しろ)』 とは、何だろうか? 710年、『平城京 (奈良市付近)』に、 遷都される以前、 『倭国 (和国)』、 あるいは、『日本』の、 『京 (みやこ)』であったのは、 『藤原京 (橿原市付近)』 である。 『藤原京』に、遷都されたのは、 694年であり、 『日本』という『国号』に成ったのは、 701年の『大宝律令』の頃なので、 『藤原京』 =『最古』の『日本』の『首都』 と、言える。 また、『藤原京』は、 『都城』である。 つまり、『藤原京』を、 一言で表すとすると、 『藤原京』 =『城』のような『都 (みやこ)』 となる。 すると、 『白』=『城』 で、あり、 坐畝火之白 檮原宮 治天下也 畝火の城、 檮原宮に坐して、 天下を治めた。 となる。 さて、『藤原京』が、 『京 (みやこ)』に成る以前は、 『藤原』であったという事になる。 そして、『日本古代史シリーズ』では、 『天』=『천 (チョン)』 『布』=『천 (チョン)』 『天氏』⇒『布氏』 ⇒『藤』 『原』=『王』がいる『都』。 『京』=『皇』がいる『都』。 と、している。 おそらく、 『天地』=『天』の『地』 ⇒『天氏』の『地』 ⇒『布氏』の『都』 ⇒『藤』の『原』 ⇒『藤原』 つまり、 『天地』=『藤原』 だろう。 すると、『別天神』の時代、 『藤原 (のちの、橿原市)』 を、『始発点』として、 『(のちの、) 近畿地方』 に、勢力を、拡大したと、 いう事になる。 【 まとめ 】 『中国 (なかつくに)』 =『中津国』 =『中』の『国』 =『那家』の『国』 =『那賀』の『国』 は、その後、 『西』に向って、 勢力を、拡大したと、 考えられる。 そして、『別天神』の時代の、 『中国 (那賀国)』 が、のちの世、 『近畿地方』 =『畿内』+『近畿』 と、成ったのだろう。 『那賀』の勢力は、 のちの、『中国地方』に、 限られず、 『日本列島』の各地に、 広まっていったと、考えられる。 『日本列島』に、 最も多い『地名』は、 『中村』 である。 おそらく、本来の表記は、 『中村』=『那賀村』 だろう。
by zouchan-land
| 2026-01-17 10:20
| 韓国語 (日本古代史など)。
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