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琴棋書画。


琴棋書画。 文人の楽しみ。 教養や風雅を身につけた文化人の風流な遊び。 また、そのたしなみ。 琴を弾き、碁を打ち、書を書き、絵を描くこと。
by zouchan-land
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とある『古事記』の天地開闢≪episode zero≫ ~ 第11幕。

 【 これまでのあらすじ 】

  『天地初発之時』
 =『天の地』が、『始発点』の『時』


そして、

 『天地 (天の地)』

とは、どこなのか?
・・・を、考察してきたが、
『第3幕』~『第9幕』で、
『候補地』とした『地域』は、
『第10幕』で、
『終着点』という結論に、達した。

ならば、今度は、
『時系列』で、考えてみよう。


『古事記』において、
『別天神』が、
正しい、『時系列』で、
記載されているならば、
『原初』の『神』は、

 『天之御中主』

である。
そして、『第3幕』では、

   『天之御』=『中主』
 『天』の『御』=『中』の『主』
 『天』の『王』=『那家』の『主』
    『天王』=『那賀』の『王 (王女)』

と、している。
また、『日本古代史シリーズ』では、

  『中国 (なかつくに)』
 =『中津国』
 =『中』の『国』
 =『那家』の『国』
 =『那賀』の『国』

と、している。


『伊波礼毘古 (神武天皇)』の時代、
『那賀須泥毘古』は、

 『大和』の『王』

で、あった事を、考慮すると、
『原初』の『中国 (那賀国)』は、

 のちの、『大和国』

であると、考えられる。


また、

  『天地初発之時』
 =『天の地』が、『始発点』の『時』

で、あり、

 『天』の『王』⇒『那賀』の『主』

という図式が、成り立つならば、

 『天之御中主』の『天』

は、『国』、あるいは、
『地域』を意味すると、
想定できる。


 『大和国』=『奈良』

において、
『天』に縁ある『地域』は、
どこになるのだろうか?


さて、『古事記』に、
『初代 神武天皇』の、
『大和』における様子として、

 坐畝火之白
 檮原宮
 治天下也

 畝火の白、
 檮原宮に坐して、
 天下を治めた。

と、記されている。

  『檮原 (かしはら)』
 =『(のちの、) 奈良県橿原市』

で、あり、

  『畝火 (うねび)』
 =『畝傍山周辺 (奈良県橿原市)』

となる。
ならば、

 『白 (しろ)』

とは、何だろうか?


710年、『平城京 (奈良市付近)』に、
遷都される以前、
『倭国 (和国)』、
あるいは、『日本』の、
『京 (みやこ)』であったのは、

 『藤原京 (橿原市付近)』

である。

『藤原京』に、遷都されたのは、
694年であり、
『日本』という『国号』に成ったのは、
701年の『大宝律令』の頃なので、

  『藤原京』
 =『最古』の『日本』の『首都』

と、言える。

また、『藤原京』は、
『都城』である。
つまり、『藤原京』を、
一言で表すとすると、

  『藤原京』
 =『城』のような『都 (みやこ)』

となる。

すると、

 『白』=『城』

で、あり、

 坐畝火之白
 檮原宮
 治天下也

 畝火の城、
 檮原宮に坐して、
 天下を治めた。

となる。


さて、『藤原京』が、
『京 (みやこ)』に成る以前は、
『藤原』であったという事になる。

そして、『日本古代史シリーズ』では、

 『天』=『천 (チョン)』
 『布』=『천 (チョン)』

 『天氏』⇒『布氏』
     ⇒『藤』

 『原』=『王』がいる『都』。
 『京』=『皇』がいる『都』。

と、している。
おそらく、

 『天地』=『天』の『地』
     ⇒『天氏』の『地』
     ⇒『布氏』の『都』
     ⇒『藤』の『原』
     ⇒『藤原』

つまり、

 『天地』=『藤原』

だろう。


すると、『別天神』の時代、

 『藤原 (のちの、橿原市)』

を、『始発点』として、

 『(のちの、) 近畿地方』

に、勢力を、拡大したと、
いう事になる。


 【 まとめ 】

  『中国 (なかつくに)』
 =『中津国』
 =『中』の『国』
 =『那家』の『国』
 =『那賀』の『国』

は、その後、
『西』に向って、
勢力を、拡大したと、
考えられる。

そして、『別天神』の時代の、

 『中国 (那賀国)』

が、のちの世、

  『近畿地方』
 =『畿内』+『近畿』

と、成ったのだろう。


『那賀』の勢力は、
のちの、『中国地方』に、
限られず、
『日本列島』の各地に、
広まっていったと、考えられる。


『日本列島』に、
最も多い『地名』は、

 『中村』

である。
おそらく、本来の表記は、

 『中村』=『那賀村』

だろう。

by zouchan-land | 2026-01-17 10:20 | 韓国語 (日本古代史など)。 | Comments(0)
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