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琴棋書画。


琴棋書画。 文人の楽しみ。 教養や風雅を身につけた文化人の風流な遊び。 また、そのたしなみ。 琴を弾き、碁を打ち、書を書き、絵を描くこと。
by zouchan-land
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とある考察の最終問題 ≪question≫ ~【 最上級編 】~ 謎解き編 ~ 『拍手』。

 『出題編』の、
 【 これまでのあらすじ 】

によると、

  『陰陽五行説』の『最高位』
 =『中 (土)』

  『古代日本』における、
  『四天王』の『最高位』
 =『北』

と、なるので、
『倭国 (和国)』における、
主要な『クニ』は、

 『豊国 (宇佐)(中)』
 『出雲国 (北)』
 『大和国 (中)』
 『高志国 (越国)(北)』

という事になる。
そして、これら4つの『クニ』のうち、

 『宇佐神宮 (豊国)』
 『出雲大社 (出雲国)』
 『弥彦神社 (高志国 (越国))』

では、

 『二礼四拍手一礼』

という『参拝作法』が、
今なお、続いている。


 『四拍手』

 古代日本人が『拍手』をする『対象』は、
 『神』ではなく、『人』だった。

を、考慮すると、
『倭国 (和国)』の中心が、
『邪馬台国 (宇佐)』であった時代、
『四拍手』の『対象』は、

 『木国』
 『火国 (肥国)』
 『金官伽耶』
 『出雲国』

において、その時代、
『存命』であった、

 『王』
 『主 (ぬし)』
 『長 (おさ)』など。

と、考えられる。


そして、『倭国 (和国)』の中心が、
『大和国』に移ってからの、
『四拍手』の『対象』は、

 『四天王』

と、考えられる。


すると、本来、
『大和国』においても、

 『二礼四拍手一礼』

であったと、いう事になる。


とある『時期』より、
『大和国』において、

 『二礼四拍手一礼』

が、

 『二礼二拍手一礼』

と、なったのだろう。
そして、その『時期』は、

 『推古天皇 (在位期間:593 - 628)』

の時代と、考えらえる。


さて、『日本書紀』には、

 593年、
 『難波』の『荒陵』において、
 『四天王寺』を、
 造り始めた。

と、記されている。


ならば、『日本列島』における、
『寺』の役割とは、
何だろうか?


『寺』の、主な役割は、

 『仏教』の布教。

の、他に、

 『故人』の弔い・供養。

が、ある。


 『四天王寺』を、
 造り始めた。

という出来事は、

 『四天王』の時代の、
 『終焉』。

を、意味するのかもしれない。


ならば、『二拍手』の『対象』は、
何だろうか?

『推古天皇』は、
記録として残っている、

 『最古の女性天皇』

となる。
そして、

 『第33代 推古天皇』

から、

 『第48代 称徳天皇』

までの、『16代』の『天皇』のうち、
半数に相当する、
『8代』の『天皇』が、

 『女性天皇』

となる。
そして、その多くは、
『天皇』に『即位』する以前、

 『皇后』

であった。


すると、『推古天皇』の時代から、
『皇后』の影響力が、
強くなったと、考えられる。


おそらく、『二拍手』の『対象』は、

 『天皇』『皇后』

だろう。


 【 まとめ 】

 『二礼四拍手一礼』

が、

 『二礼二拍手一礼』

に、なったのは、

 『4強』の時代

から、

 『2強』の時代

に、なったためだろう。


さて、ここで、疑問が生じる。

 『大山津見』
 『綿津見』

は、『拍手』の『対象』に、
ならないのだろうか?


ここで、【 あらすじ 】を、
再掲載してみよう。

 古代日本人が『拍手』をする『対象』は、
 『神』ではなく、『人』だった。

つまり、『二礼四拍手一礼』が、
確立した時点で、すでに、

 『大山津見』
 『綿津見』

は、『神格化』されていたと、
いう事になる。


  『神格化』
 =『格』が『神』に『化』わる。

とは、どういう意味なのだろうか?

~ つづく ~

by zouchan-land | 2025-11-14 10:24 | 韓国語 (日本古代史など)。 | Comments(0)
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