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『古事記』における、 『伊波礼毘古 (神武天皇)』よりも、 『前』の『時代』は、 『日本神話』 と、称されている。 つまり、 『古事記 ~ 上巻』=『神話』 となる。 そして、この考察シリーズでは、 『神話』になる『前』 つまり、 『古代日本』の『歴史』 が、どのような様子であったのかを、 考察してきた。 ならば、 『古事記』における、 『伊波礼毘古 (神武天皇)』よりも、 『後』の『時代』は、 『歴史』 と、認められているのか? ・・・と、いうと、 そうはならない時もある。 その理由の1つとして、 『古事記 ~ 中巻』の、 『歴代天皇』を、見てみると・・・? 初代『神武天皇』没:137歳 第2代『綏靖天皇』没: 45歳 第3代『安寧天皇』没: 49歳 第4代『懿徳天皇』没: 45歳 第5代『孝昭天皇』没: 93歳 第6代『孝安天皇』没:123歳 第7代『孝霊天皇』没:106歳 第8代『孝元天皇』没: 57歳 第9代『開化天皇』没: 63歳 第10代『崇神天皇』没:168歳 第11代『垂仁天皇』没:153歳 第12代『景行天皇』没:137歳 第13代『成務天皇』没: 95歳 第14代『仲哀天皇』没: 52歳 第15代『応神天皇』没:130歳 となる。 つまり、 『御長寿』 である。 このため、 第16代『仁徳天皇』 から、実在の『天皇』とする説が、 存在する。 ・・・この考察シリーズでは、 『古事記』=『歴史書』 と、しているので、 解決しなければならない、 【 問題 】 である。 まずは、『古事記』を、 見てみよう。 『古事記 ~ 神武天皇編』の最後には、 神倭伊波礼毘古天皇 御年 壱百参拾漆歳 神倭伊波礼毘古天皇 (神武天皇) 御年 137歳 と、記された後、 御陵在 畝火山之北方 白檮尾上也 と、記されている。 つまり、 『御陵』の『場所』 である。 すると、 『137歳』=『没年齢』 に、思える。 その後の、『歴代天皇』も、 最後には、 天皇 御年 ○○歳 御陵在 ○○也 と、記されている。 しかし、『古代日本』には、 『歳神 (としがみ)』 『大歳神 (おおどしのかみ)』 が、存在した。 つまり、 『○○歳』=『○○さい (年齢)』 ではなく、 『○○歳』=『○○とし (歳月 / としつき)』 である可能性が、出てくる。 そして、○○の歳月が過ぎた時、 『顕宗天皇』 が、現れる。 『古事記 ~ 顕宗天皇編』には、 治天下捌歳也 8歳、天下を治めた。 と、記されている。 これは、 『8歳』の時に、 天下を治めた。 という意味ではなく、 『8年間』、 天下を治めた。 という意味になる。 すると、 天皇 御年 ○○歳 も、また、 『在位期間』 と、いう事になる。 ここで、 初代『神武天皇』から、 第15代『応神天皇』の、 『在位期間』を、 足してみると・・・? 1453歳 (1453年) となる。 『広開土王碑 (好太王碑)』には、 『倭以辛卯年来渡海 ~ 以下略』 391年、 『倭 (倭国)』が、 海を渡って来た。 と、記されている。 これが、 『神功皇后』の『三韓征伐』 で、あるならば、 391年頃、 『第14代 仲哀天皇』が、 お亡くなりになったという事になる。 かつ、『第15代 応神天皇』は、 まだ、生まれていないので、 『初代 神武天皇』の即位から、 『第14代 仲哀天皇』の没年までは、 1453年ー130年=1323年 となる。 そして、空位期間の誤差を、 無視すると、 『神武天皇』の即位は、 391年ー1323年=ー932年 つまり、 『およそ、紀元前932年』 と、いう事になる。 ・・・本当に、そうなのだろうか? さて、先程、 『○○の歳月が過ぎた』 と、述べた。 そして、【 問題 】は、 『○○』の『単位』は? となる。 『歳』は、単に、 『時間の経過』 を、意味したり、 『月日 (つきひ)』 を、意味したりする事もある。 たとえば、 『在位期間』=『○○ヶ月』 『口頭伝承』=『○○の月日 (つきひ)』 =『○○の歳月 (としつき)』 『古事記の表記』=『○○歳』 つまり、『古事記』において、 『○○歳』が、意味するのは、 『○○歳』=『○○ヶ月』 だとしたら・・・? 『神武天皇』の即位は、 391年ー1323年/12 =280.7年 つまり、 『およそ、紀元281年』 と、いう事になる。 また、『神武東征』における、 筑紫 ⇒⇒ 1年坐 阿岐国 ⇒ 7年坐 吉備 ⇒⇒ 8年坐 も、本来、 筑紫 ⇒⇒ 1ヶ月坐 阿岐国 ⇒ 7ヶ月坐 吉備 ⇒⇒ 8ヶ月坐 なのかもしれない。 『魏志倭人伝』によると、 『卑弥呼』の『死去』は、 『247年頃』 となる。 そして、この考察シリーズでは、 『卑弥呼』と『天照』 は、『同時代』の『人物』と、 している。 おおよその『計算』は、 これで、合うはずである。 すると、気になるのは、 『在位期間』の短さ である。 『古事記』における『子』は、 『皇太子』の『子』 『王世子』の『子』 の意味であり、 『実子』 を、意味するとは、 限らないと思われる。 『天皇』の『歴史』の中で、 『弟』『甥』 などを、 『皇位後継者』 とする事は、 少なくなかった。 【 まとめ 】 さて、あなたは、 『御長寿』 を、どのように読んだだろうか? この考察シリーズに、 たびたび登場する『前提』として、 『御』が『ミ』と読まれる場合、 『神仏・天皇・貴人など』に、 属する事を意味する。 が、ある。 これを、逆にしてみよう。 すると、 『神仏・天皇・貴人など』に、 属する場合、 『御』を『ミ』と、 読まなければならない。 となる。 これを前提に、 『○○天皇』の『御子様』が、 『皇室御用達』の『洋食店』において、 『御子様定食』を召した。 を、読むと、 今までと違った読み方に、 なるかもしれない。 そして、この『例文』で、 注目するのは、 『御子 (みこ)』 となる。 この考察シリーズでは、 本来の意味は、 『王子』=『王の息子』であり、 『王族』の『おとこ』 『王女』=『王の娘』であり、 『王族』の『おとめ』 『妃子』=『妃の息子』であり、 『妃族』の『おとこ』 ⇒『彦 (ひこ)』 『妃女』=『妃の娘』であり、 『妃族』の『おとめ』 ⇒『姫 (ひめ)』 であったと、している。 また、この考察シリーズでは、 『見 (み)』=『御 (み)』 =『統治者』 と、している。 すると、 『皇子 (みこ)』=『御子 (みこ)』 『皇』の『子』=『御』の『子』 であり、 『皇』=『御』=『見』 という図式が、見えてくる。 また、『東アジア』には、 『国父』『国母』 という概念が、存在する。 そのため、『親』の一部が、 『み』=『統治者』 という『言葉』に、 当てられたかもしれない。 そして、 『皇子』『皇女』 いずれも、 『皇子』=『みこ』 『皇女』=『みこ』 となる事を、考慮すると、 『御子』の『子』は、 『子 (こ)』=『男子』 『女 (め)』=『女子』 に、分かれるようになる前の時代、 『男子』『女子』 いずれも、包括する『言葉』であったと、 考えられる。 さて、この考察シリーズは、 『卑弥呼』 から、始まった。 そして、およそ1年半、 書き続けてきた。 『日本古代史シリーズ』は、 次回で、 『第200話』 となる。 そして、最後も、また、 『卑弥呼』 となる。 次回・・・、『最終回』。
by zouchan-land
| 2025-08-21 09:38
| 韓国語 (日本古代史など)。
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