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琴棋書画。


琴棋書画。 文人の楽しみ。 教養や風雅を身につけた文化人の風流な遊び。 また、そのたしなみ。 琴を弾き、碁を打ち、書を書き、絵を描くこと。
by zouchan-land
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『古事記』についての考察 ~ 完結編 ~【 歳 】

『古事記』における、
『伊波礼毘古 (神武天皇)』よりも、
『前』の『時代』は、

 『日本神話』

と、称されている。
つまり、

 『古事記 ~ 上巻』=『神話』

となる。


そして、この考察シリーズでは、

 『神話』になる『前』

つまり、

 『古代日本』の『歴史』

が、どのような様子であったのかを、
考察してきた。


ならば、
『古事記』における、
『伊波礼毘古 (神武天皇)』よりも、
『後』の『時代』は、

 『歴史』

と、認められているのか?
・・・と、いうと、
そうはならない時もある。


その理由の1つとして、
『古事記 ~ 中巻』の、
『歴代天皇』を、見てみると・・・?

  初代『神武天皇』没:137歳
 第2代『綏靖天皇』没: 45歳
 第3代『安寧天皇』没: 49歳
 第4代『懿徳天皇』没: 45歳
 第5代『孝昭天皇』没: 93歳
 第6代『孝安天皇』没:123歳
 第7代『孝霊天皇』没:106歳
 第8代『孝元天皇』没: 57歳
 第9代『開化天皇』没: 63歳
 第10代『崇神天皇』没:168歳
 第11代『垂仁天皇』没:153歳
 第12代『景行天皇』没:137歳
 第13代『成務天皇』没: 95歳
 第14代『仲哀天皇』没: 52歳
 第15代『応神天皇』没:130歳

となる。
つまり、

 『御長寿』

である。
このため、

 第16代『仁徳天皇』

から、実在の『天皇』とする説が、
存在する。


・・・この考察シリーズでは、

 『古事記』=『歴史書』

と、しているので、
解決しなければならない、

 【 問題 】

である。


まずは、『古事記』を、
見てみよう。

『古事記 ~ 神武天皇編』の最後には、

 神倭伊波礼毘古天皇
 御年 壱百参拾漆歳

 神倭伊波礼毘古天皇 (神武天皇)
 御年 137歳

と、記された後、

 御陵在
 畝火山之北方
 白檮尾上也

と、記されている。
つまり、

 『御陵』の『場所』

である。


すると、

 『137歳』=『没年齢』

に、思える。


その後の、『歴代天皇』も、
最後には、

 天皇
 御年 ○○歳
 
 御陵在
 ○○也

と、記されている。


しかし、『古代日本』には、

 『歳神 (としがみ)』
 『大歳神 (おおどしのかみ)』

が、存在した。
つまり、

 『○○歳』=『○○さい (年齢)』

ではなく、

 『○○歳』=『○○とし (歳月 / としつき)』

である可能性が、出てくる。


そして、○○の歳月が過ぎた時、

 『顕宗天皇』

が、現れる。
『古事記 ~ 顕宗天皇編』には、

 治天下捌歳也

 8歳、天下を治めた。

と、記されている。
これは、

 『8歳』の時に、
 天下を治めた。

という意味ではなく、

 『8年間』、
 天下を治めた。

という意味になる。
すると、

 天皇
 御年 ○○歳

も、また、

 『在位期間』

と、いう事になる。


ここで、
初代『神武天皇』から、
第15代『応神天皇』の、
『在位期間』を、
足してみると・・・?

 1453歳 (1453年)

となる。


『広開土王碑 (好太王碑)』には、

 『倭以辛卯年来渡海 ~ 以下略』

 391年、
 『倭 (倭国)』が、
 海を渡って来た。

と、記されている。
これが、

 『神功皇后』の『三韓征伐』

で、あるならば、
391年頃、
『第14代 仲哀天皇』が、
お亡くなりになったという事になる。

かつ、『第15代 応神天皇』は、
まだ、生まれていないので、
『初代 神武天皇』の即位から、
『第14代 仲哀天皇』の没年までは、

 1453年ー130年=1323年

となる。
そして、空位期間の誤差を、
無視すると、
『神武天皇』の即位は、

 391年ー1323年=ー932年

つまり、

 『およそ、紀元前932年』

と、いう事になる。


・・・本当に、そうなのだろうか?


さて、先程、

 『○○の歳月が過ぎた』

と、述べた。


そして、【 問題 】は、

 『○○』の『単位』は?

となる。


『歳』は、単に、

 『時間の経過』

を、意味したり、

 『月日 (つきひ)』

を、意味したりする事もある。


たとえば、

   『在位期間』=『○○ヶ月』
   『口頭伝承』=『○○の月日 (つきひ)』
         =『○○の歳月 (としつき)』
 『古事記の表記』=『○○歳』

つまり、『古事記』において、
『○○歳』が、意味するのは、

 『○○歳』=『○○ヶ月』

だとしたら・・・?


『神武天皇』の即位は、

  391年ー1323年/12
 =280.7年

つまり、

 『およそ、紀元281年』

と、いう事になる。
また、『神武東征』における、

 筑紫 ⇒⇒ 1年坐
 阿岐国 ⇒ 7年坐
 吉備 ⇒⇒ 8年坐

も、本来、

 筑紫 ⇒⇒ 1ヶ月坐
 阿岐国 ⇒ 7ヶ月坐
 吉備 ⇒⇒ 8ヶ月坐

なのかもしれない。


『魏志倭人伝』によると、
『卑弥呼』の『死去』は、

 『247年頃』

となる。


そして、この考察シリーズでは、

 『卑弥呼』『天照』

は、『同時代』の『人物』と、
している。


おおよその『計算』は、
これで、合うはずである。


すると、気になるのは、

 『在位期間』の短さ

である。
『古事記』における『子』は、

 『皇太子』の『子』
 『王世子』の『子』

の意味であり、

 『実子』

を、意味するとは、
限らないと思われる。

『天皇』の『歴史』の中で、

 『弟』『甥』

などを、

 『皇位後継者』

とする事は、
少なくなかった。


 【 まとめ 】

さて、あなたは、

 『御長寿』

を、どのように読んだだろうか?


この考察シリーズに、
たびたび登場する『前提』として、

 『御』が『ミ』と読まれる場合、
 『神仏・天皇・貴人など』に、
 属する事を意味する。

が、ある。
これを、逆にしてみよう。
すると、

 『神仏・天皇・貴人など』に、
 属する場合、
 『御』を『ミ』と、
 読まなければならない。

となる。


これを前提に、

 『○○天皇』の『御子様』が、
 『皇室御用達』の『洋食店』において、
 『御子様定食』を召した。

を、読むと、
今までと違った読み方に、
なるかもしれない。

そして、この『例文』で、
注目するのは、

 『御子 (みこ)』

となる。


この考察シリーズでは、
本来の意味は、

 『王子』=『王の息子』であり、
      『王族』の『おとこ』

 『王女』=『王の娘』であり、
      『王族』の『おとめ』


 『妃子』=『妃の息子』であり、
      『妃族』の『おとこ』
     ⇒『彦 (ひこ)』

 『妃女』=『妃の娘』であり、
      『妃族』の『おとめ』
     ⇒『姫 (ひめ)』

であったと、している。


また、この考察シリーズでは、

 『見 (み)』=『御 (み)』
       =『統治者』

と、している。
すると、

 『皇子 (みこ)』=『御子 (みこ)』
  『皇』の『子』=『御』の『子』

であり、

 『皇』=『御』=『見』

という図式が、見えてくる。


また、『東アジア』には、

 『国父』『国母』

という概念が、存在する。
そのため、『親』の一部が、

 『み』=『統治者』

という『言葉』に、
当てられたかもしれない。


そして、

 『皇子』『皇女』

いずれも、

 『皇子』=『みこ』
 『皇女』=『みこ』

となる事を、考慮すると、
『御子』の『子』は、

 『子 (こ)』=『男子』
 『女 (め)』=『女子』

に、分かれるようになる前の時代、

 『男子』『女子』

いずれも、包括する『言葉』であったと、
考えられる。



さて、この考察シリーズは、

 『卑弥呼』

から、始まった。


そして、およそ1年半、
書き続けてきた。


『日本古代史シリーズ』は、
次回で、

 『第200話』

となる。



そして、最後も、また、

 『卑弥呼』

となる。


次回・・・、『最終回』。

by zouchan-land | 2025-08-21 09:38 | 韓国語 (日本古代史など)。 | Comments(0)
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