琴棋書画。 |
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【 これまでのあらすじ 】 『和国 (倭国)』を治めた一族 =『和氏』 =『和家 (わけ)』⇒『別 (わけ)』 =『和家 (わか)』⇒『若 (わか)』 『出雲国』における『名』 =『大国主』 ⇒『難波』における『名』 =『葦原色許男 (葦原志挙乎)』 『大国主』の母 =『刺国若比売』 =『刺国』の『若』の『比売』 =『佐氏の国』の『和家』の『姫』 『刺国 (佐氏の国)』の『言語』の『通訳者』 =『阿佐』 『魏志倭人伝』には、 卑弥呼 ~ 中略 ~ 有男弟佐治国 『卑弥呼』~ 中略 ~ 『佐治国』に『男弟』有り。 と、記されている。 『魏志倭人伝』の『佐治国』 =『古事記』の『刺国』 『出雲国』の『血脈』の一部は、 『武蔵国』に、流れ着いた。 『田家』=『多家』 =『武 (たけ)』 =『建 (たけ)』 『武蔵』=『武 (む)』+『蔵 (さし)』 =『武 (たけ)』+『佐氏 (さし)』 =『田家』+『佐氏』 この考察シリーズでは、 『魏志倭人伝』の『佐治国』 =『古事記』の『刺国』 が、『九州』、あるいは、 『中国地方』に、存在していたと、 想定してきた。 もしも、 『佐治国』=『刺国』 ⇒『武蔵国』 ならば、どうなるだろうか? その場合、注目するのは、 『刺国若比売』 =『刺国』の『若』の『比売』 =『佐氏の国』の『和家』の『姫』 となる。 1968年、 埼玉県行田市にある、 埼玉古墳群の稲荷山古墳 から、 『稲荷山古墳出土鉄剣』 が、出土した。 『銘文』には、 『多加披次 (タカハシ)』 という『名』が、見える。 おそらく、 『多加披次』=『多加』+『披次』 =『多家』+『波氏』 ⇒『高橋』 だろう。 そして、この考察シリーズでは、 『波氏 (わし)』=『和氏 (わし)』 と、している。 しかし、 今回の考察の目的は、 『和氏 (わし)』ではなく、 『和家 (わか)』である。 なので、『鉄剣』の、 『裏面』を、見てみると・・・? 諸説あるのだが、 『獲加多支鹵』=『ワカタケル』 という『名』が、見える。 『獲加多支鹵』=『ワカタケル』 =『和家』の『タケル』 だろう。 つまり、『武蔵国』には、 『和家 (わか)』が、 存在していたという事になる。 すると、 『刺国若比売』 =『刺国』の『若』の『比売』 =『佐氏の国』の『和家』の『姫』 の『刺国』が、 『刺国』⇒『武蔵国』 と、成った可能性が、出てくる。 ここで、『銘文』の先を、見てみると、 獲加多支鹵大王寺在斯鬼宮時吾左治天下 『ワカタケル』大王の『寺』、 『斯鬼宮』に『在』る『時』、 『吾 (われ)』、『佐治』の『天下』。 と、記されている。 『斯鬼 (しき)』=『志木 (しき)』 ⇒ のちの、『埼玉県志木市』 だろう。 そして、この時点での『国名』は、 『佐治国 (刺国)』 と、想定できる。 また、『多加披次 (タカハシ)』から、 『多家 (たか)』 の存在を、確認できるが、 のちの世、 『建御名方 (諏訪)』 『建御雷 (鹿島)』 の『一族』、すなわち、 『建 (たけ)』=『武 (たけ)』 の『一族』が、 『刺国』に『移民』したのち、 『刺国』⇒『武蔵国』 と、成ったのだろう。 つまり、『ワカタケル』は、 『建御名方』 『建御雷』 よりも、前の時代の『人物』であると、 いう事になる。 そして、 『佐治』の『天下』 が、意味するのは・・・? おそらく、 『佐治』=『佐氏』 だろう。 この考察シリーズでは、 『大国主』=『佐氏』 と、している。 すると、 『出雲国』の『血脈』の一部は、 『武蔵国』に、流れ着いた。 は、成り立ちの順序が、逆で、 『武蔵国』の『獲加多支鹵』 ⇒『難波国』の『葦原許色男』 ⇒『出雲国』の『大国主』 の可能性が、出てくる。 そして、 『大国』=『出雲国』~『武蔵国』 なのかもしれない。 『埼玉県民』が、 『天下』を、獲ったと言っても、 過言ではないだろう。 【 まとめ 】 『統治者』級の『佐氏』が、 居る地域、あるいは、居た地域。 に、存在したであろう『一族』は、 『刺国 (佐氏の国)』の『言語』の『通訳者』 =『阿佐』 となる。 そして、 『阿佐』=『浅』 ⇒『浅間神社』 に、繋がると、考えられる。 すると、気になるのが、 『氷川神社』と『浅間神社』 の、関係である。 『氷川神社』の『参道』は、 『日本一長い参道』 となる。 その距離は、 『およそ、2km』 となる。 細かい事は、気にせず、 『古代日本』の表記にすると、 『およそ、1,000 間』 となる。 そして、『1,000 間』を、 漢字表記にすると、 『1,000 間』=『千間 (せんげん)』 となる。 『浅間』は、 『浅間』=『あさま』 で、あるとともに、 『浅間』=『せんげん』 でも、ある。 はたして、これは、 偶然なのだろうか? 必然なのだろうか? また、『埼玉県』には、 『千間台 (せんげん台)』 という『地名』が、 残されている。 本来は、 『浅間神社』 に、縁ある『地域』だったのかもしれない。 そして、気になるのが、 もう1つ。 考察本編には、 『ワカタケル』大王の『寺』 が、出てくる。 『浅 (阿佐)』と『寺』 から、連想されるのは、 『浅草寺』 となる。 『浅草』は、 『浅草』=『あさくさ』 で、あるとともに、 『浅草』=『せんそう』 でも、ある。 『浅草寺』を、考慮すると、 『浅草』=『浅 (あさ)』+『草 (そう)』 =『阿佐 (あさ)』+『僧 (そう)』 という図式が、見えてくる。 また、この考察シリーズでは、 『月読』=『月氏 (つくし)』 =『筑紫 (つくし)』 =『筑紫 (ちくし)』 =『竺氏 (ちくし)』 『月読』=『筑紫国』の『統治者』 と、している。 そして、以前の考察では、 『竺』は、『インド』から、 『中国』に渡来した、 『仏教の僧侶』が、 『姓』とする事が多かった。 と、述べている。 地理的に考えると、 『竺氏』が、『天草諸島』に、 到達していた可能性は、大きい。 すると、『天草』も、また、 『天草』=『天 (あま)』+『草 (そう)』 =『阿馬 (あま)』+『僧 (そう)』 と、考えられる。 この流れが、 『馬頭天王』を祀る、 『許波多神社』の『御神像』 = 附属の寺で、祀られていたもの。 『許波多神社』 =『寺』に縁ある『神社』 に、繋がるのかもしれない。 そして、 『浅草寺』と『浅草神社』 も、また、深い関係となる。
by zouchan-land
| 2025-08-19 07:49
| 韓国語 (日本古代史など)。
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