琴棋書画。 |
![]() by zouchan-land 以前の記事
2026年 01月 2025年 12月 2025年 11月 2025年 10月 2025年 09月 2025年 08月 2025年 07月 2025年 06月 2025年 05月 2025年 04月 2025年 03月 2025年 02月 2025年 01月 2024年 12月 2024年 11月 2024年 10月 2024年 09月 2024年 08月 2024年 07月 2024年 06月 2024年 05月 2024年 04月 2024年 03月 2024年 02月 2024年 01月 2023年 12月 2023年 11月 2023年 10月 2023年 09月 2023年 08月 2023年 07月 2023年 06月 2023年 05月 2020年 08月 2015年 06月 2014年 10月 2014年 07月 2014年 03月 2014年 01月 2013年 12月 2013年 11月 2013年 10月 2013年 09月 2013年 08月 2013年 07月 2013年 06月 2013年 05月 2013年 04月 2013年 03月 2012年 12月 2012年 10月 2012年 07月 2012年 06月 2012年 05月 2012年 04月 2012年 03月 2012年 02月 2012年 01月 2011年 12月 2011年 11月 2011年 09月 |
【 これまでのあらすじ 】 『天津神』 =『○斯 (○氏)』 =『日向』の影響下にあった『神』 =『魏』の影響下になかった『神』 『国津神』 =『○志 (○氏)』 =『○賀 (○家)』 =『邪馬台国を中心とする倭国』の『神』 =『魏』の影響下にあった『国』の『神』 『倭国 (以下、和国)』の主要な『国々』は、 『東』=『木』=『青』=『木国』 『南』=『火』=『赤』=『火国 (肥国)』 『中』=『土』=『黄』=『邪馬台国 (宇佐)』 『西』=『金』=『白』=『金官伽耶』 『北』=『水』=『黒』=『出雲国』 『伊波礼毘古』は、近畿に至るまでに、 『豊国 (宇沙 / 宇佐)』 『筑紫 (岡田宮)』 『阿岐国 (多祁理宮)』 『吉備 (高嶋宮 / 高島宮)』 の4ヶ所に、寄り道した。 これらは、大きく、2つに分けられる。 『豊国』『阿岐国』 と、 『筑紫』『吉備』 となる。 この分類は、『○○国』という表記に、 なっているか、なっていないか、の違いとなる。 『豊国』と『阿岐国 (以下、安芸国)』は、 この考察シリーズにおいて、 『邪馬台国を中心とする倭国』を、 構成していた『クニ』である。 『木国』の『言語』の『通訳者』 =『阿木』 おそらく、 『和国 (連合国家)』の、 成立当初から、 これほど『大規模』なものではなく、 【 あらすじ 】のような構造では、 なかったと考えられる。 たとえば、 『安芸国』=『阿木』の『国』 で、あるならば、 どうなるだろうか? 『安芸国』と『木国』 の、『距離』は、 とても、離れている。 しかし、『安芸国』は、 『豊国 (宇沙 / 宇佐)』の、 『東』に、存在し、 その『距離』も、近かった。 すると、『古事記』よりも、 前の時代、 『安芸国』=『木国』 であったと、考えられる。 ・・・ややこしいので、 『現代』の『地名』を用いると、 『東』=『木国 (⇒ 阿木国)【広島県】』 『南』=『火国 (肥国)』 『中』=『邪馬台国 (⇒ 宇佐)【大分県】』 『西』=『金官伽耶』 『北』=『出雲国【島根県】』 となる。 そこで、『地図』を、 見てみると・・・? 『島根県』『広島県』 は、いずれも、 『宇佐』の『北東』 に、位置する。 しかし、『海路』を考慮すると、 話が、変わって来る。 『宇佐』⇒『島根県』の場合 『北』に進み、 『日本海』に出たのち、 『島根県』に向かう。 『宇佐』⇒『広島県』の場合 『瀬戸内海』を、 『東』に進み、 『広島県』に向かう。 となる。 また、『海路』における、 『目的地 (主要な地域)』は、 いずれも、 『海岸線』 に存在したと、考えられるので、 おおよその方角は、 合っている。 しかし、 『おおよそ』では、 ダメだ。 と、考えた人が、 いたか、いなかったかは、 不明だが、 『和国』の拡大に伴い、 『木国』=『東 (東端)』の『国』 は、『紀伊半島』に、 移動したと思われる。 そして、 『木国』の『言語』に、 精通している『通訳者』 が、多かったであろう、 『旧木国 (広島県)』 は、 『阿木国 (安芸国)』 に、成ったと、 考えられる。 この考察シリーズでは、 『大倭豊秋津嶋』=『紀伊半島』 と、している。 『秋』=『安芸』 =『阿木』 であり、 『紀伊半島』 =『大倭豊秋津嶋』 =『大倭』+『豊』+『秋』の『嶋』 =『大和 (奈良県)』に移民した、 『豊国』『安芸国』の『一族』の、 『勢力圏』 と、考えられる。 しかし、おそらく、 直接、『紀伊半島』に、 移動しては、いない。 『和国』が、『東』に、 拡大するたび、 『木国』は、移動した可能性がある。 その、『候補地』の1つが、 『高知県安芸市』 となる。 『高知県安芸市』 =『宇佐』のほぼ『真東』 となる。 【 まとめ 】 【 これまでのあらすじ 】 『金官伽耶』の初代王妃は、 『許黄玉 (허 황옥 / ホ・ファンオク)』。 『許黄玉』の故郷は、『インド』。 『月読』=『月氏 (つくし)』 =『筑紫 (つくし)』 =『筑紫 (ちくし)』 =『竺氏 (ちくし)』 『月読』=『筑紫国』の『統治者』 『竺』は、『インド』から、 『中国』に渡来した、 『仏教の僧侶』が、 『姓』とする事が多かった。 異なる民族の『混血』の結果、 『美人』が、生まれる事が多い。 『金官伽耶』と『筑紫国』 の関係は、 地理的に近いという関係だけでは、 なかったと、考えられる。 そして、その結果、生まれたのが、 『博多美人』 なのだろう。 また、考察本編では、 『初期』の『和国』は、 『東』=『木国 (⇒ 阿木国)【広島県】』 『南』=『火国 (肥国)』 『中』=『邪馬台国 (⇒ 宇佐)【大分県】』 『西』=『金官伽耶』 『北』=『出雲国【島根県】』 と、しているが、 『和国』の成立に、 『金官伽耶』が関わっていたとしても、 『初期』のみだけと考えられる。 そして、気になるのは、 『邪馬台国』と『弥烏邪馬国』 『金官伽耶』と『弥烏邪馬国』 の、関係なのだが、 資料が少ないところでもある。 『金官伽耶』=『弥烏邪馬国』 ならば、話は簡単なのだが・・・。 さらに、気になるのは、 『一尺八寸山 (みおやま)【大分県】』 『弥烏邪馬 (みおやま)【朝鮮半島】』 の関係なのだが、 資料が少ないところでもある。 『弥烏邪馬国』の『御王 (見王)』が、 『一尺八寸山』の『御王 (見王)』に、 成った。 のならば、話は簡単なのだが・・・。 さて、『阿木』は、 どこまで『東』に、 行ったのだろうか? 『阿木』の『祖』は、 『朝鮮半島』を経由して、 『日本列島』に渡来したと、 考えられる。 その後、 『阿木』⇒『秋』 と、成り、 『東』に移動した『秋 (阿木)』が、 『北方系』と出会ったのは、 『現代日本』において、 『秋田県』 と、呼ばれる地域だろう。 そして、その結果、生まれたのが、 『秋田美人』 なのだろう。 『その先』も、考えてみよう。 『古代日本』において、 『北海道』『樺太』 が、認識されていた可能性がある。 その根拠は、 『天浮橋』 である。 『古事記』によると、 『伊邪那岐』と『伊邪那美』 は、『天浮橋』に『立』った。 『大陸』も表記されている、 『日本列島』の『地図』を、 見てみよう。 『大陸』を手前にし、 『大陸』=『大地』 『海』=『天空』 に、見立てると、 『日本列島』は、 どのように見えるだろうか? 『天』に『浮』かぶ『橋』 に、見える事だろう。
by zouchan-land
| 2025-08-15 11:16
| 韓国語 (日本古代史など)。
|
Comments(0)
|
カテゴリ
ブログジャンル
最新の記事
画像一覧
記事ランキング
|
ファン申請 |
||