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琴棋書画。


琴棋書画。 文人の楽しみ。 教養や風雅を身につけた文化人の風流な遊び。 また、そのたしなみ。 琴を弾き、碁を打ち、書を書き、絵を描くこと。
by zouchan-land
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『古事記』についての考察 ~ 完結編 ~【 秋 】

 【 これまでのあらすじ 】

  『天津神』
 =『○斯 (○氏)』
 =『日向』の影響下にあった『神』
 =『魏』の影響下になかった『神』

  『国津神』
 =『○志 (○氏)』
 =『○賀 (○家)』
 =『邪馬台国を中心とする倭国』の『神』
 =『魏』の影響下にあった『国』の『神』


『倭国 (以下、和国)』の主要な『国々』は、

 『東』=『木』=『青』=『木国』
 『南』=『火』=『赤』=『火国 (肥国)』
 『中』=『土』=『黄』=『邪馬台国 (宇佐)』
 『西』=『金』=『白』=『金官伽耶』
 『北』=『水』=『黒』=『出雲国』


『伊波礼毘古』は、近畿に至るまでに、

 『豊国 (宇沙 / 宇佐)』
 『筑紫 (岡田宮)』
 『阿岐国 (多祁理宮)』
 『吉備 (高嶋宮 / 高島宮)』

の4ヶ所に、寄り道した。
これらは、大きく、2つに分けられる。

 『豊国』『阿岐国』

と、

 『筑紫』『吉備』

となる。
この分類は、『○○国』という表記に、
なっているか、なっていないか、の違いとなる。


『豊国』と『阿岐国 (以下、安芸国)』は、
この考察シリーズにおいて、
『邪馬台国を中心とする倭国』を、
構成していた『クニ』である。

  『木国』の『言語』の『通訳者』
 =『阿木』


おそらく、
『和国 (連合国家)』の、
成立当初から、
これほど『大規模』なものではなく、
【 あらすじ 】のような構造では、
なかったと考えられる。


たとえば、

 『安芸国』=『阿木』の『国』

で、あるならば、
どうなるだろうか?


 『安芸国』と『木国』

の、『距離』は、
とても、離れている。


しかし、『安芸国』は、
『豊国 (宇沙 / 宇佐)』の、
『東』に、存在し、
その『距離』も、近かった。


すると、『古事記』よりも、
前の時代、

 『安芸国』=『木国』

であったと、考えられる。


・・・ややこしいので、
『現代』の『地名』を用いると、

 『東』=『木国 (⇒ 阿木国)【広島県】』
 『南』=『火国 (肥国)』
 『中』=『邪馬台国 (⇒ 宇佐)【大分県】』
 『西』=『金官伽耶』
 『北』=『出雲国【島根県】』

となる。

そこで、『地図』を、
見てみると・・・?

 『島根県』『広島県』

は、いずれも、

 『宇佐』の『北東』

に、位置する。

しかし、『海路』を考慮すると、
話が、変わって来る。


『宇佐』⇒『島根県』の場合

 『北』に進み、
 『日本海』に出たのち、
 『島根県』に向かう。


『宇佐』⇒『広島県』の場合

 『瀬戸内海』を、
 『東』に進み、
 『広島県』に向かう。

となる。


また、『海路』における、
『目的地 (主要な地域)』は、
いずれも、

 『海岸線』

に存在したと、考えられるので、
おおよその方角は、
合っている。

しかし、

 『おおよそ』では、
 ダメだ。

と、考えた人が、
いたか、いなかったかは、
不明だが、
『和国』の拡大に伴い、

 『木国』=『東 (東端)』の『国』

は、『紀伊半島』に、
移動したと思われる。

そして、

 『木国』の『言語』に、
 精通している『通訳者』

が、多かったであろう、

 『旧木国 (広島県)』

は、

 『阿木国 (安芸国)』

に、成ったと、
考えられる。


この考察シリーズでは、

 『大倭豊秋津嶋』=『紀伊半島』

と、している。

 『秋』=『安芸』
    =『阿木』

であり、

  『紀伊半島』
 =『大倭豊秋津嶋』
 =『大倭』+『豊』+『秋』の『嶋』
 =『大和 (奈良県)』に移民した、
  『豊国』『安芸国』の『一族』の、
  『勢力圏』

と、考えられる。


しかし、おそらく、
直接、『紀伊半島』に、
移動しては、いない。

『和国』が、『東』に、
拡大するたび、
『木国』は、移動した可能性がある。

その、『候補地』の1つが、

 『高知県安芸市』

となる。

  『高知県安芸市』
 =『宇佐』のほぼ『真東』

となる。


 【 まとめ 】

 【 これまでのあらすじ 】

『金官伽耶』の初代王妃は、
『許黄玉 (허 황옥 / ホ・ファンオク)』。

『許黄玉』の故郷は、『インド』。


 『月読』=『月氏 (つくし)』
     =『筑紫 (つくし)』
     =『筑紫 (ちくし)』
     =『竺氏 (ちくし)』

 『月読』=『筑紫国』の『統治者』


『竺』は、『インド』から、
『中国』に渡来した、
『仏教の僧侶』が、
『姓』とする事が多かった。


異なる民族の『混血』の結果、
『美人』が、生まれる事が多い。


 『金官伽耶』と『筑紫国』

の関係は、
地理的に近いという関係だけでは、
なかったと、考えられる。

そして、その結果、生まれたのが、

 『博多美人』

なのだろう。


また、考察本編では、
『初期』の『和国』は、

 『東』=『木国 (⇒ 阿木国)【広島県】』
 『南』=『火国 (肥国)』
 『中』=『邪馬台国 (⇒ 宇佐)【大分県】』
 『西』=『金官伽耶』
 『北』=『出雲国【島根県】』

と、しているが、
『和国』の成立に、
『金官伽耶』が関わっていたとしても、
『初期』のみだけと考えられる。


そして、気になるのは、

 『邪馬台国』『弥烏邪馬国』
 『金官伽耶』『弥烏邪馬国』

の、関係なのだが、
資料が少ないところでもある。


 『金官伽耶』=『弥烏邪馬国』

ならば、話は簡単なのだが・・・。


さらに、気になるのは、

 『一尺八寸山 (みおやま)【大分県】』
 『弥烏邪馬 (みおやま)【朝鮮半島】』

の関係なのだが、
資料が少ないところでもある。


 『弥烏邪馬国』の『御王 (見王)』が、
 『一尺八寸山』の『御王 (見王)』に、
 成った。

のならば、話は簡単なのだが・・・。


さて、『阿木』は、
どこまで『東』に、
行ったのだろうか?


『阿木』の『祖』は、
『朝鮮半島』を経由して、
『日本列島』に渡来したと、
考えられる。

その後、

 『阿木』⇒『秋』

と、成り、
『東』に移動した『秋 (阿木)』が、
『北方系』と出会ったのは、
『現代日本』において、

 『秋田県』

と、呼ばれる地域だろう。

そして、その結果、生まれたのが、

 『秋田美人』

なのだろう。


『その先』も、考えてみよう。
『古代日本』において、

 『北海道』『樺太』

が、認識されていた可能性がある。
その根拠は、

 『天浮橋』

である。


『古事記』によると、

 『伊邪那岐』と『伊邪那美』

は、『天浮橋』に『立』った。


『大陸』も表記されている、
『日本列島』の『地図』を、
見てみよう。

『大陸』を手前にし、

 『大陸』=『大地』
  『海』=『天空』

に、見立てると、
『日本列島』は、
どのように見えるだろうか?


 『天』に『浮』かぶ『橋』

に、見える事だろう。

by zouchan-land | 2025-08-15 11:16 | 韓国語 (日本古代史など)。 | Comments(0)
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