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琴棋書画。


琴棋書画。 文人の楽しみ。 教養や風雅を身につけた文化人の風流な遊び。 また、そのたしなみ。 琴を弾き、碁を打ち、書を書き、絵を描くこと。
by zouchan-land
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『古事記』についての考察 ~ 完結編 ~【 花 】~ 終幕。

 【 これまでのあらすじ 】

  『豊』=『豊国 (大分県)』
 『葦原』=『筑紫 (福岡県)』

『邇邇芸』は、『豊葦原』を治めた。

 『櫛』=『奇』=『久氏』

 『佐久夜』=『許家』=『古賀』


『邇邇芸』が、『天降』したのは、

 『久士布流多気 (くしふるたけ)』

となる。

   『久士』=『久氏』
 『布流多気』=『古田家』

だろう。

『現代日本』において、

 『宮崎県 (日向)』
 『大分県 (豊国)』
 『熊本県 (火国)』

の、県境あたりには、

 『槵觸 (くしふる) 神社』

が、ある。

『古代日本』において、
『三国』の『国境付近』に、

 『久氏 (韓名)』
 『古田家 (和名)』

の、勢力圏があったと、
考えられる。


 『古田』の『古』

が、

 『古賀』の『古』

であるならば、

 『佐久夜 (古賀)』と『久氏』

は、近い存在であり、

 『佐久夜』の『久』

は、

 『久氏』の『久』

なのかもしれない。
すると、気になるのが、

 『佐久夜』と『佐氏 (佐賀)』

の、関係である。


『古事記』には、
次のように、記されている。

 作無戸八尋殿
 入其殿内
 以土塗塞而
 方産時
 以火著其殿
 而産也

 『戸』が『無』い『八尋殿』を『作』る。
 その『殿内』に『入』り、
 『土』を『以』って、
 『塗』り、『塞』ぐ。
 『産』む『時』、
 その『殿』に『火』をつけ、
 『産』む『也 (なり)』。

つまり、

 『火』の『内』で、
 『産』んだ。

と、いう事になる。
これは、

 『火国』の『国内』で、
 『産』んだ。

と、いう事だろう。

次に、『以土塗塞』。

 『塗る』=『늘 (ヌル / 常に)』

と、すると、

 『以土塗塞』=『土』を『以』って、
        『常』に、『塞』ぐ。

となる。

ならば、『土』とは、
何だろうか?


この考察シリーズでは、

 『土』=『宇佐 (宇賀+佐賀)』

と、している。

おそらく、『八尋殿』は、
『宇佐』の『見張り番』を『以』って、
『常』に、『塞』がれていたのだろう。

つまり、『佐久夜』は、
『宇佐 (宇賀+佐賀)』と、
繋がりが深かったと考えられる。

『邇邇芸』は、『佐久夜』が、
『火遠理』を『産』むまで、
『佐久夜』には、
会えなかったという事になる。

そして、

 『邇邇芸』の『子』
 (である可能性がある『子』)

が、3人の『子』のうち、
どの『子』なのか?
それが、判別不可能となるまで、
『邇邇芸』は、『我が子 (仮)』と、
出会う事が、なかったのかもしれない。


 【 まとめ 】

 【 これまでのあらすじ 】

『佐久夜』には、

 『火照』『火須勢理』『火遠理』

3人の『子』がいた。


 『火遠理』=『山幸彦』
      =『大山津見』の『後継者』

  『火照』=『海幸彦』
      =『綿津見』の『後継者』


これらを考慮すると、
『邇邇芸』、さらには、
『天照』と『高木』は、
『佐久夜』の『子』を、

 『日向』の『後継者』

にする予定が、
なかったと考えられる。


『佐久夜』の『子』が、

 『日向』の『後継者』

と、成ったのは、
『邇邇芸』に、他の『子』が、
いなかったからだろう。


そして、『佐久夜』は、
最初から『正妻』では、
なかったと考えられる。

『佐久夜』は、自らの事を、

 『妾』

と、言っている。

  『妾 (めかけ)』
 =『正妻』でない『妻』

となる。

by zouchan-land | 2025-03-28 09:12 | 韓国語 (日本古代史など)。 | Comments(0)
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