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琴棋書画。


琴棋書画。 文人の楽しみ。 教養や風雅を身につけた文化人の風流な遊び。 また、そのたしなみ。 琴を弾き、碁を打ち、書を書き、絵を描くこと。
by zouchan-land
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『古事記』についての考察 ~ 完結編 ~【 花 】~ 第八幕。

 【 これまでのあらすじ 】

『日向』の『後継者』は、

  『火照』=『海幸彦』
 『火遠理』=『山幸彦』

この2人で争われた。


 『火』=『許』


『大山津見』の『子』には、

 『木 ○○』=『許氏』
 『神 ○○』=『秦氏』

が、いる。


 『木花之佐久夜』=『許氏』


 『許氏 (金海許氏)』=『韓名』
 『大山 (おおやま)』=『和名』


『古事記 ~ 出雲国編』の舞台は、
『中国地方』である。
そして、『中国地方』の『最高峰』は、

 『大山 (だいせん)』

であり、その別名は、

 『火神岳』

となる。

 『火神』=『火之迦具土』

あるいは、

 『火神』=『許氏』

だろう。
『大山』の、主となる『血脈』は、
『許氏』であったと、考えられる。


さて、『佐久夜』の『子』である、
『火遠理』と、
『火遠理』の『子』である、
『天津日高日子波限建鵜葺草葺不合』は、
『綿津見』の『娘』と『婚』した。

そして、この考察シリーズでは、

 『綿津見』=『秦氏』

と、している。

さらに、『綿津見』は、
『大綿津見』と、表記される事がある。
まずは、

 『大山津見』と『大綿津見 (綿津見)』

の関係について、考えてみよう。


 『大山 (おおやま)』=『和名』

で、あるならば、

 『綿 (わだ / わた)』=『和田』=『和名』

だろう。
つまり、

 『綿津見』=『秦氏』=『韓名』
 『綿津見』=『和田』=『和名』

となる。


この考察シリーズでは、
『火照』と『火遠理』の『母』は、

 『木花之佐久夜』=『許氏 (韓名)』
 『木花之佐久夜』=『大山 (和名)』

と、している。

また、『綿津見』は、

 『綿津見』=『海神』

と、表記される事がある。

すると、

 『大山津見』=『山』
  『綿津見』=『海』

と、いう事になる。


 『母方の一族』の『後継者』

として、育てられた『人物』が、

 『火遠理』=『山幸彦』

であり、

 『父方の一族』の『後継者』

として、育てられた『人物』が、

 『火照』=『海幸彦』

だとしたら、どうなるだろうか?

~ つづく ~


 【 まとめ 】

『古事記』の編纂の、
およそ、100年後、

 『海神 (해신 / ヘシン)』

と、呼ばれた『人物』がいた。

 『張 保皐 (張 宝高 / チャン・ボゴ)』

である。

『張 保皐』は、
『新羅 (統一新羅)』の、
南部海岸地域に生まれ、
『唐』の『将校』になった。

その後、『新羅』に戻り、
『奴隷貿易』を行う『海賊』を、
鎮圧した。
武力での鎮圧ではなく、
『奴隷貿易』よりも、
安定して高収入が得られる、

 『海運業』『造船業』

の仕事を与える方策を用いたと、
伝えられている。

さらに、その後、
『張 保皐』は、

 『新羅』『唐』『日本』

の、

 『三国貿易 (三角貿易)』

をはじめ、

 『東南アジア』『イスラム圏』

まで、『交易路』を広げた。


 『綿津見』=『海神』=『張 保皐』

という図式が、
成り立つか、否かは、不明だが、
『張 保皐』の時代は、

 『実在の人物』=『神 (カミ)』

と、成るのが、容易ではない時代である。
おそらく、

 『海神』の『神』=『神 (カミ)』

とは、ならない。
ならば、

 『海神』の『神』

は、何を表しているのだろうか?


『張 保皐』の本名は、

 『弓福 (弓巴)』

であり、『張 保皐』という名は、
『唐』に渡った後の名である。

 『新羅 (統一新羅)』の、
 南部海岸地域

で、生まれた事を、考慮すると、

 『海神』=『海』の『神 (シン)』
     =『海』の『秦 (シン)』

かつ、

 『綿津見』=『海神』
      =『海上貿易』の『秦氏』

であり、

 『張 保皐』=『弓福 (弓巴)』
       =『秦氏の末裔』

なのかもしれない。


・・・『福』と言えば、
『秦の始皇帝』の時代、
『不老不死の霊薬』を求めて、
『蓬莱の国 (日本列島)』に、
渡ってきた人物の名は、

 『徐福』

である。

また、『福』という文字に、
関係が深い文字として、

 『富』

が、ある。

そして、『徐福』の目的地は、
『蓬莱の国 (日本列島)』の、

 『富士山』

となる。
『富士山』の由来が、

 『富士山』=『富氏』の『山』

だとしたら、どうなるだろうか?


さて、考察本編では、

 『綿津見』=『和田』=『和名』

としている。

『海幸彦と山幸彦の物語』には、
『和邇』が、出てくる。

この考察シリーズでは、

 『和邇』=『玖皇 (和王) の一族』

と、している。

 『邇』=ちかい・ちかづく

なので、『玖皇』の『血脈』でなくとも、
少なくとも、

 『和邇』=『玖皇』に与する人々

と、思われる。

そして、

 『和田』の『和』

は、

 『玖皇 (和王) 』や『和邇』

が、その由来と考えられるのだが、

 『和田』の『田』

とは、何だろうか?


・・・『田』と、言えば、
『現代日本』には、

 『富田 (とみた)』
 『富士田 (ふじた)』

という『氏 (うじ)』がある。
さらには、

 『藤田 (ふじた)』

という『氏 (うじ)』もある。


 『源平藤橘』の『藤』

の由来は、

 『藤 (ふじ)』=『富氏 (ふじ)』

なのかもしれない。

by zouchan-land | 2025-03-21 14:04 | 韓国語 (日本古代史など)。 | Comments(0)
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