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琴棋書画。


琴棋書画。 文人の楽しみ。 教養や風雅を身につけた文化人の風流な遊び。 また、そのたしなみ。 琴を弾き、碁を打ち、書を書き、絵を描くこと。
by zouchan-land
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『邇邇芸』と『佐久夜』の『物語』。

『天津日高日子番能邇邇芸 (以下、邇邇芸)』は、
『笠紗』の『御前』において、
『麗美人』に、『遇』う。

(『邇邇芸』が、)

 『誰』の『女 (娘)』?

と、『問』う。

(『佐久夜』が、)『答』える。

 『大山津見』の『女 (娘)』。
 『名』は、『神阿多都比売』。
 またの『名』、
 『木花之佐久夜毘売 (以下、佐久夜)』。

また、(『邇邇芸』が、)『問』う。

 『汝』の『兄弟 (姉妹)』は『有』る?

(『佐久夜』が、)『答』える。

 『我』の『姉』、
 『石長比売』が、『在』る。

(『邇邇芸』が、)『詔』する。

 『吾』、『汝』と『目合』を、『欲』す。
 『奈何 (いかん)』?

(『佐久夜』が、)『答』える。

 『僕 (私)』、『白』『得』ず。
 『僕 (私)』の『父』、
 『大山津見』が、
 まさに、『白』する。

その『父』、『大山津見』に、
『遣』を『乞』う『時』、
『大歓喜』。

その『姉』、
『石長比売』を『副 (そ)』え、
『百取 (たくさん)』の、
『机代の物 (飲食物)』を、
『奉出』する。

その『姉』は、
『甚』だ、『凶醜』に『因』り、
『畏』み、『送』り『返』す。

『唯』、その『弟 (妹)』を『留』める。
『佐久夜』を『以』って、
『一宿爲婚』。

『大山津見』は、
『石長比売』が『返』る事に『因』って、
『大』いに、『恥』づ。
『言』を『送』り、『白』する。

 『我』の『女 (娘)』を、
 『二』人、『並』べて、
 『立奉』る『由 (理由)』は、
 『石長比売』を『使』うのは、
 『天神 (天津神)』の『御子』の『命』が、
 『雨』が降ろうとも、
 『風』が『吹』こうとも、
 『恒 (つね)』に、
 『石』の『如』く、
 『常』に『堅』く、
 『不動』に『坐』す。
 また、『佐久夜』を『使』うのは、
 『木花』の『栄』えるが『如』く、
 『宇気比 (誓約)』し、
 『貢進』する。

 ここに、『石長比売』を、
 『返』すよう『令』し、
 『佐久夜』、『独 (ひとり)』、
 『留』める『故 (ゆえ)』、
 『天神 (天津神)』の、
 『御子』の『御壽 (人生)』は、
 『木花』の『阿摩比能微』、『坐』す。

『故 (ゆえ)』に、
『是 (これ)』を『以』って、
『今』に『至』るまで、
『天皇』『等』の『御命』が、
『長』くない『也 (なり)』。

『故 (ゆえ)』に、『後 (のち)』、
『佐久夜』が、『参出』して、
『白』する。

 『妾 (私)』は、『妊』の『身』。
 『今』、『産 (出産)』に『臨』む『時』。
 『是 (これ)』、
 『天神 (天津神)』の『御子』。
 『私』、『産』めず。
 『故 (ゆえ)』に、『請 (乞)』う。

(『邇邇芸』が、)『詔』する。

 『佐久夜』。
 『一宿』で、『妊』であろうか?
 『我』が『子』である『是非』は?
 『必』ず、『国神 (国津神)』の『子』。

(『佐久夜』が、)『答』える。

 『吾 (私)』の、『妊』の『子』、
 『国神 (国津神)』の『子』ならば、
 『幸 (無事)』に『産』めず。
 『天神 (天津神)』の『御子』ならば、
 『幸 (無事)』に『産』む。

『即 (そく)』、
『戸』が『無』い『八尋殿』を『作』る。
その『殿内』に『入』り、
『土』を『以』って、
『塗』り、『塞』ぐ。

『産』む『時』、
その『殿』に『火』をつけ、
『産』む『也 (なり)』。

『故 (ゆえ)』に、
その『火』が、『焼』け『盛』る『時』、
『生』まれる『子』の『名』、
『火照 (ホデリ)』
(この『者』、『隼人阿多』の『君』の『祖』。)

『次』に、『生』まれる『子』の『名』、
『火須勢理 (ホスセリ)』

『次』に、『生』まれる『子』の『名』、
『火遠理 (ホオリ)』
またの『名』、
『天津日高日子穗穗手見
 (アマツヒコヒコホホデミ)』


 【 まとめ 】

『古事記』は、
漢字のみで書かれている。

 『  』

で、表記されている文字が、
『古事記』において、
使われている文字となる。

可能な限り、『原文』に忠実に書いたので、
かなり、読みにくい文章となっている。

書物、あるいは、
インターネット環境がある読者は、
他サイトで、
『現代文訳』を、
読んでみるのも良いが、
多くの場合、『翻訳』ではなく、

 『古事記』を元にして書かれた『物語』

と、なっている事には、
注意されたい。
・・・今回の本文も、
その範疇を超える内容では、
ないのだが・・・。

『古事記』が、『物語』となった経緯を、
簡単に述べると・・・。

 ① 『古代日本』において、
   とある『出来事』が発生。

 ② 『口頭伝承』された。

 ③ 『聖徳太子』の時代、
   『天皇記』と『国記』が、
   編纂された。

 ④ 『蘇我蝦夷』が、『天皇記』を、焼いた。

 ⑤ 『第40代 天武天皇』の時代、
   『古事記』の編纂が、始まった。

 ⑥ 『第43代 元明天皇』の時代、
   『古事記』が、完成した。

 ⑦ 『江戸時代』の頃から、
   『古事記』の研究が、盛んになった。

 ⑧ 様々な時代に、
   様々な、『(当時の) 現代語訳』が、
   作られた。

 ⑩ そして、現在、

   『古事記』=『神話 (物語)』

   と、認識している人が、多い。


この考察シリーズは、
『神話の考察』ではなく、

 ① 『古代日本』において、
   とある『出来事』が発生。

が、どのような『出来事』だったのか?
・・・を、『考察』している。

なぜ、そのような事を、しているのか?

 ④ 『蘇我蝦夷』が、『天皇記』を、焼いた。

が、その理由の、ひとつとなる。

この考察シリーズでは、

 『須佐之男』=『須賀 (須家)』
   『須賀』⇒『蘇我』

と、している。

『歴史的大事件』を、
引き起こす事が好きな、
『一族』なのかもしれない。

おかげで、『日本古代史』に、
想いを馳せる事が、できるのだが、
『当時』、とばっちりを受けた人々は、
可哀想である。

by zouchan-land | 2025-03-02 09:02 | 韓国語 (日本古代史など)。 | Comments(0)
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