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琴棋書画。


琴棋書画。 文人の楽しみ。 教養や風雅を身につけた文化人の風流な遊び。 また、そのたしなみ。 琴を弾き、碁を打ち、書を書き、絵を描くこと。
by zouchan-land
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『宮』についての考察。

『伊波礼毘古 (イワレビコ)』は、
東を目指して、
『日向国』を出発したのだが、
その後、あちらこちらに寄り道をする。

『古事記』によると、
『伊波礼毘古』が近畿に至るまでに、
寄り道した土地として、
4ヶ所、挙げられている。

 『豊国 (宇沙 / 宇佐)』
 『筑紫 (岡田宮)』
 『阿岐国 (多祁理宮)』
 『吉備 (高嶋宮 / 高島宮)』

と、なるのだが、
これらは、大きく、2つに分けられる。

 『筑紫』『阿岐国』『吉備』

と、

 『豊国』

となる。
この分類は、『○○宮』という表記に、
なっているか、なっていないか、の違いとなる。


まずは、

 『神宮』とは?

について、考えてみよう。

 『神宮』=『神の宮』
     =『神の宮殿』

であり、本来は、『古代日本』において、
神格化された人物たちが、
暮らした場所となる。
『現代日本』における、
『御用邸』のような建築物であったと
思われる。


つまり、『神武東征』の時点で、

 『筑紫』『阿岐国』『吉備』

には、『宮』があり、
すでに、『日向国』の影響下に
あったという事になる。

この考察シリーズでは、

  『葦原中国 (あしはらなかつくに)』
 ⇒『葦原』+『中国』
 ⇒『筑紫』+『中国地方』

としており、『ニニギ』と、
『ニニギ』に連なる人物たちが、
『葦原中国』を治める事になったので、
ここまでは、特に問題はない。
問題となるのは、『豊国 (宇佐)』となる。


『神武東征』の時代、
『宇佐』には『宮』がなかったが、
『伊波礼毘古』が『宇佐』に至った時、
『宮』が作られ、
『大御饗 (天皇の食事)』が献じられている。

『豊国』は、『日向国』の支配を、
受けていなかったが、
敵対していた訳でもなかったという事になる。

以前の考察で、
『天忍穂耳』の時代、
『豊国』と『日向国』は、
争っていたとしているが、
これは、『神武東征』よりも、
何世代も過去の話となる。

『天忍穂耳』の時代から、
『伊波礼毘古』の時代までの間に、
何があったのか?
・・・は、別の話となる。


 【 まとめ 】

『浦島太郎』の物語は、

 『綿津見神之宮』
 『豊玉毘売』
 『玉依毘売』

と、関連付けられて考えられる事が多い。


朝鮮半島にも、

 『龍宮伝説 (竜宮伝説)』

が、存在している。
・・・と、いうよりも、
『釜山 (부산 / プサン)』には、
『海東龍宮寺
 (해동용궁사 / ヘドンヨングンサ)』が、
実存している。


そして、『釜山』に近い『対馬』には、
『和多都美 (ワタツミ) 神社』がある。


情報が多過ぎて、
考察が困難な『浦島太郎』なのだが、

 『浦 島太郎』

として考えてみると、
新しい発見があるかもしれない。

by zouchan-land | 2024-07-13 18:03 | 韓国語 (日本古代史など)。 | Comments(0)
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