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『古事記 ~ 国生み編』で、 『伊邪那岐』と『伊邪那美』は、 たくさんの『島』を生みだした。 2柱の神は、大きい島を八つ生み出した。 そのうちのひとつ、 『大倭豊秋津嶋 (おおやまととよあきつしま)』 とは、どの『島』を指しているのだろうか? まずは、『豊秋津』。 この言葉から連想されるのは、 『萬幡豊秋津師比売』である。 この考察シリーズでは、 『紀伊半島』の有力な一族が、 血縁関係となり生まれた、 『秦 (幡)・扶余 (豊)・秋 (秋津)、 いろいろな氏 (一族) の姫』 と、している。 すると、『豊秋津』とは、 『秦 (幡) 氏』が、 血縁関係となる以前の、 『紀伊半島』という事になる。 ただし、『秦 (幡) 氏』が、 すでに、血縁関係になっていたが、 その名の中には、含まれなかった可能性はある。 しかし、いずれにせよ、 『大倭豊秋津嶋』は、 『紀伊半島』だと思う。 その根拠の、もう一つが、 『大倭』となる。 『大倭』は、 『奈良県』の『大和』だと思う。 『倭 (わ)』の、本来の意味は、 『紀元前から中国各王朝が、中国南東の地域、 および、その住人を指す際に用いた呼称。』 となる。 最初から、 『倭 (わ)』=『倭国 (日本列島)』 で、あった訳ではない。 『倭』とは、『中国』から見た場合、 『中国南東部』『朝鮮半島』『日本列島』 を、指す言葉となる。 また、『朝鮮半島』から見た場合、 『日本列島』 を、指す言葉になる。 では、『日本列島』から見た場合、 『倭』とは、 『どこ』を指す言葉になるのだろうか? 『倭』=『南東』 としてみる。 さらに、『日本列島』において、 把握している地域が、 『西日本』のみだった時代では、 『倭』=『紀伊半島』 となる。 そして、 『最も南東』=『大倭』 となり、『奈良県』の『やまと』に、 『大倭』という文字が当てられ、 さらに、のちの世には、 『大倭』⇒『大和』 と、なったのだろう。 『宮崎県 (日向国)』にも、『大和町』があるが、 この『大和』は、昭和20年頃に成立した町となり、 古代からあった訳ではない。 しかし、『奈良県の大和』と同様、 こちらも、『天皇ゆかりの地』である。 意味だけで考えた場合、 『日向』=『倭』 なのではないかと思う。 この考察シリーズでは、 『天皇』を『天氏の一族』としているが、 『天氏の一族』は、 『日 (太陽・天)』を目指したのだと思う。 朝鮮半島の『天氏の一族』が、 日が昇るとともに、 『太陽』を目指して移動し、 日が沈み始める前に、 食事や寝床の準備を始めたとすると、 目指した方角は『南寄りの南東』となる。 太陽を目指した結果、 朝鮮半島の南端に突き当たる。 朝鮮半島の南東部には、 『三韓 (韓族)』があったが、 韓族の国には、『天神』を祭る人がいて、 『天君 (천군 / チョングン)』と呼ばれていた。 『天氏』が『天君』、あるいは、 『天君』が『天氏』と、なったのかどうかは、 不明だが、 『天神』が、日本の『天津神』となった可能性は、 大きいと思う。 『天津神』の『津』は、 現代日本語の『の』になるので、 『天神』=『天の神』=『天津神』 となる。 現代日本にも、『天神様』として、 その言葉が残っている。 そこから、さらに、 『日に向かって』移動したとする。 海を渡り、九州に辿り着き、 南東を目指した結果、 どこに、辿り着いたのだろうか? それが、『日向 (ひむか)』なのだろう。 『天氏の一族』は、 『日 (太陽・天)』を目指した結果、 『日向』に落ち着いたが、 『日出ずるところの国』には、 『大倭』が、より相応しいという事になり、 『伊波礼毘古』は『大倭』まで『東征』し、 『初代 神武天皇』となったのだと思う。 【 まとめ 】 完全なる一致とはならないが、 のちの世では、 『大倭』⇒『大和国』⇒『奈良県』 『木国』⇒『紀伊国』⇒『和歌山県』 と、移りかわるため、 別の国扱いとなっている。 しかし、本来は、 『大倭』=『木国』 だったと思う。 次回は、『木国』について、 考察してみようと思う。
by zouchan-land
| 2024-05-25 19:47
| 韓国語 (日本古代史など)。
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