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琴棋書画。


琴棋書画。 文人の楽しみ。 教養や風雅を身につけた文化人の風流な遊び。 また、そのたしなみ。 琴を弾き、碁を打ち、書を書き、絵を描くこと。
by zouchan-land
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『国譲り』についての考察 ~ 序幕。

① 『天照大御神』は、
  「『豊葦原の水穂国』は、
  我が御子が統治する国。」
  と言った。

『天照大御神』は、『我が子』の事を、
『我が御子』と言っている。
自分よりも上位と、
考えていたのかもしれない。
夫が『天氏』だった可能性が
大きいと思う。
その夫が『古事記』に出てこないのは、
物語の早い段階で、
お亡くなりになったからだろう。
そして、残された『天照大御神』が、
実権を握ったと思われる。


② 『天忍穗耳 (アメノオシホミミ)』は、
  「『豊葦原の水穂国』は、
  いたく、騒いでいる。」
  と言って、帰った。

当面の目標として、
『豊葦原』にある『水穂国』が挙げられている。
しかし、『天忍穗耳』は、
『日向国 (宮崎県)』と
『豊国 (大分県)』の国境まで進軍したところ、
国境を警備する『豊国』の軍隊の規模が大きく、
平定が無理だと判断したのだろう。


③ 『葦原中国』を、
  『言趣』するため、
  誰を使わすか、相談した。

予定が大きく変わり、
目標地域から『豊 (豊国)』が除かれている。
また、一度失敗した『天忍穗耳』ではなく、
他の人物を使わす相談をしている。
そして、『言趣』とは、『説き伏せる』事である。
武力による制圧が目的ではなかったと思われる。


④ 『天菩比 (アメノホヒ)』と、
  『天若日子 (アメノワカヒコ)』が、
  『出雲国』に行ったが、
  『復奏』しなかった。

『復奏』とは、
『繰り返し調べて、天子に申し上げること』
となる。
『天子』は、のちの世では、
『皇帝 (帝王・帝) = 天皇』を指す言葉となるが、
この時代では、『天上界の人』の意味であり、
『高天原 = 日向国』の上位階級を指している。
最上位を指しているのかもしれないが、
このへんは、どうでも良い話なので、割愛する。

そして、『天菩比』が『出雲国』に行ってから、
三年経っても『復奏』しなかったため、
『天若日子』が『出雲国』に行っている。
つまり、『葦原 (福岡県)』を素通りして、
『出雲国 (中国)』に行った事になる。
この事からわかるのは、
『葦原』は、すでに、
『出雲国』に支配されていたという事だ。

『葦原』と『中国 (出雲国)』を統一したのは、
『大国主』なのだろう。
『宇都志国』を出発した『八千矛』が、
『8,000人の軍隊』を率いて、
『葦原』を支配下に置いたと考えられる。
『葦原色許男』となった『大国主』は、
『中国 (出雲国)』さえも支配下に置き、
『葦原中国』の『主』となったのだろう。
『出雲国主』や『出雲国造』ではなく、
『大国主』と呼ばれたのは、
そのためだと思われる。


 【 まとめ 】

『豊国』の由来とは、何だろうか?

現在の中国東北部 (満州) 付近には、
『扶余 (プヨ)』という国があった。
『扶余』の王子として生まれた
『朱蒙 (チュモン)』は、
『高句麗 (コグリョ)』を建国した。
そして、自らを『高氏』と名乗った。
『朱蒙』の三男である
『温祚 (オンジョ)』が建国した国は、
のちに『百済 (ペクチェ)』となる。
『温祚』は『扶余氏』と名乗った。

『豊 (豊か)』を、韓国語にすると、

 『豊 (豊か)』=『풍요 (プンヨ)』

となる。

『百済』の王位継承争いに敗れた王子が、
『豊国』を建てたのかもしれない。

by zouchan-land | 2024-05-03 01:05 | 韓国語 (日本古代史など)。 | Comments(0)
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