琴棋書画。 |
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『イザナギ』と『イザナミ』が、 『淤能碁呂島』を生み出した。 今回の考察では、 『その後』を、見てみる事にする。 以下、『古事記』より抜粋。 (お詫び:原文を尊重したため、 ところどころ、不自然な文章です。) イザナギとイザナミは、 たくさんの『島』や『神』を生んだ。 そして、イザナミは、 ヒノカグツチを生んだ事により、 病に臥せる (ふせる)。 遂に (ついに) お隠れになった。 イザナギとイザナミの2神 (柱) は、 14の島と、35神の神を生んだ。 ただ、『淤能碁呂島』は、生んだのではない。 また、『水蛭子 (ひるこ)』と『淡島』は、 子の中に入れない。 お隠れになったイザナミを、 出雲国と伯伎国の堺 (境)、 比婆の山に葬った。 イザナギは、イザナミを追って、 黄泉国 (よみのくに) に往った (行った)。 イザナミは、自らの御殿の戸に馳せ、出迎えた。 イザナギはイザナミに、 「吾 (われ) と汝 (なんじ) が作った国、 作り終えていない。 還れないか (帰れないか)?」 と、語った。 イザナミは、 「吾は、黄泉の食べ物を口にした。 還りたい。 黄泉の神に相談する。 我を視るな。」 と、答えた。 甚く (いたく) 久しく、待ち難し。 故に、御殿に入ってみた時、 イザナミの両手両足などに、八雷神が居た。 ここにおいて、イザナミは、 見て、畏まった (かしこまった)。 イザナギが逃げ還る時、 イザナミは、ヨモツシコメを遣わし、 追うよう命令した。 イザナギは身に付けている物を投げ棄てると、 葡萄 (ぶどう) や、筍 (たけのこ) が生えた。 ヨモツシコメがそれらを食べている間に、 イザナギは逃げていった。 さらに後に、 1500の黄泉軍に追うよう命令した。 イザナギは、十拳剣 (とつかのつるぎ) を抜き、 振りつつ、逃げて来た。 黄泉比良坂の坂本まで来た時、 坂本に在った桃3個を取った。 待ち撃つ者。 黄泉軍は、ことごとく、逃げ返った。 イザナミは、黄泉津大神となった。 黄泉比良坂は、出雲国の伊賦夜 (イブヤ) 坂なり。 ここから本編となる。 気になる記載について、考察してみる。 >『淤能碁呂島』は、生んだのではない。 立派な業績だと思うので、 生み出したと言っても差支えなさそうだが、 これは、実在する『島』の事ではないと 言っているのだと思う。 つまり、『目に見える形としては残していない』 という意味だろう。 >『水蛭子 (ひるこ)』と『淡島』は、 子の中に入れない。 『淡島』には『水蛭子』と呼ばれる一族が住んでいて、 『イザナミ』『イザナミ』の影響が 届かなかったのだと思う。 『島』という閉ざされた空間で生きてきた人々だったので、 言語体系の変化が特殊 (訛りがひどいなど) で、 会話が通じなかったか、 あるいは、好戦的な民族だったのか。 >イザナギは、黄泉国に往った。 イザナミは、自ら御殿の戸に馳せ、出迎えた。 『黄泉国』は、『御殿』がある程の『国』である。 『古事記』原文には、『殿』とあるだけなので、 『御殿』どころか、 『宮殿』と呼べる程の建築物だったのかもしれない。 『古事記』に出てくる『黄泉国』は、 『死者の国』とされている。 より正確に言うと、『生ける死者の国』だと思う。 現代日本の法律で、考えてみよう。 不在者の生死が七年間明らかでないときは、 失踪の宣告をすることができる。 つまり、行方不明・生死不明が7年間続くと、 法律上は死亡したとする事ができる。 そのような境遇の中で、生物学上は、 生存している状態の人々が建てた国が、 『黄泉国』だと思うのだ。 『黄泉国』では、外の世界に戻る事を禁じている。 黄泉の人々は、外の世界から隠れ住んでいるので、 外部の人々に地域の特定をされてしまうのを防ぐためだろう。 なのに、『古事記』では、地域の特定が容易になる程、 様々な地名を挙げてしまっている。 >吾は、黄泉の食べ物を口にした。 『黄泉国』では、黄泉の食べ物を食べてしまうと、 もう、外の世界に戻れなくなる。 その目的は、前述したところによるのだろうが、 食べ物云々については、 『古事記』にある『黃泉戶喫』から来ていると思う。 『黄泉の食べ物を口にした』という意味にもとれるので、 古事記のあらすじ部分では、そのように表記した。 しかし、本音は、 『黄泉の戸 (家) を満喫している』 ではないかと思う。 つまり、 『黄泉の生活に満足している』 という意味ではないかと思うのだ。 >イザナミの両手両足などに、八雷神が居た。 残酷な描写となるので、【要ドラッグ】にするが、 読んではいけない。 おそらく、これは、『鎖 (くさり)』による束縛だろう。 イザナギが、どれ程イザナミに近付いたかの記述はないが、 イザナギの立ち位置からは、 『鎖』が『雷』に見えたのだと思う。 >イザナミは、ヨモツシコメを遣わし、 追うよう命令した。 『ヨモツシコメ』とは、何だろうか? 『黄泉醜女』と書かれる事があり、 『黄泉』の人物だと思われがちだが、 『古事記』での記載は、 『豫母都志許賣 (予母都志許売)』である。 『日本書紀』での記載は、『泉津醜女』である。 いずれも、『黄泉』とは言っていない。 しかし、『黄泉国』『黄泉軍』『黄泉比良坂』では、 『黄泉』の字が使われている。 つまり、『ヨモツシコメ』は『黄泉国』の、 もとからの住民ではないという事になる。 そこで、考えられるのは、2つ。 ① 『イザナミ』は、『正室 (正妻)』であり、 『ヨモツシコメ』は、『側室』だった。 ② 『ヨモツシコメ』は、 『イザナギ』が率いる一団を守る『護衛』だった。 【 ① についての考察 】 『側室』は、形の上では『妻』となる。 韓国において、夫婦が互いに呼びかける際、 『여보 (ヨボ)』 という言葉が使われる。 これは、『女房 (にょうぼう)』の語源になったと思われる。 そして、 『여보』⇒『ヨボ』⇒『予母』⇒『ヨモ』 となったのかもしれない。 【 ② についての考察 】 『護衛』をするのは、『武人』である。 近代兵器のない時代の『武人』は、 『格闘技』に通じていた可能性は大きい。 そして、舞台は『日本』である。 『シコ』『格闘技』『日本』 から連想される言葉は何だろうか? それは、『四股 (シコ)』である。 相撲の『四股を踏む』という動作は、 『醜 (邪気)』を踏む事により、 『醜』を、祓う (清める) 事から来ている。 そして、『醜男 (しこお)』とは、 『強く、たくましい男』という意味となる。 つまり、『醜女 (しこめ)』は、 『強く、たくましい女』という意味になるのだ。 しかし、男女には腕力差があるので、 『醜女』は、『力』より『技』を重視したと思われる。 『柔よく剛を制する』のイメージだ。 その『技』は、『醜男』の目には、 妖しく映ったかもしれない。 すると、 『ヨモ』=『妖母 (요모 / ヨモ)』 だった可能性が出てくる。 『母』は、血縁関係にあるとは限らない。 朝鮮時代には、『茶母 (다모 / タモ)』 と、呼ばれる女性たちがいた。 今でいう『女刑事』だ。 『捜査権』も、与えられていた。 また、某ドラマでは、 酒の密造・密売をしている組織の女ボスは、 『大母 (대모 / テモ)』と、呼ばれていた。 『ビッグ・ママ』である。 『母は強し』の由来は、 このあたりにあるのかもしれない。 【 ① ② についての考察 】 朝鮮や中国の王宮で暮らしていた『側室』たちは、 反乱 (謀反) が起り、王宮が攻められると、 武具を手に取り、応戦した。 そのような歴史を考慮すると、 ① ② いずれも兼ねている存在だったように思える。 >十拳剣 『拳 (こぶし)』が10個あるのだから、5人となる。 剣を携えた『親衛隊』のような存在だったと思われる。 >坂本に在った桃3個を取った。 待ち撃つ者。 黄泉比良坂の『坂本』とは、 『坂の麓 (ふもと)』の事だろう。 という事は、イザナギは『黄泉国』から、 黄泉比良坂を下って逃げた事になる。 『黄泉国』は、山や丘にあったという事だ。 そして、そこには、 待機させていた3部隊が待ち受けていて、 黄泉軍を迎え撃ったと思われる。 つまり、『もも3個』は、 軍隊3部隊に相当するという事なのだろう。 すると、逃げる途中の『ぶどう』や『たけのこ』も、 軍隊という事になる。 イザナギが逃げ延びるため、犠牲になったと思われる。 日本語が確立したとは言えない日本列島において、 軍隊の各名称には、 『たべもの』の名前が付けられていたという事だ。 当時の日本人にとって、 『陸軍歩兵第七師団歩兵第弐拾七連隊』と言われるより、 『ぶどう軍』『たけのこ隊』『もも組』 などの方が、わかりやすかったのだろう。 最後に残っていた『もも組』3個で、 1500人の『黄泉軍』を、 逃げ還らせる事ができる規模となる。 >伊賦夜 (イブの夜) 12月24日の夜だったのかもしれない。 イブの夜に別れる事になるとは、 なんとも悲しい恋物語である。 >読んではいけない。⇒ 読んだ人。 『古事記 ~ 黄泉国編』の物語は、 古今東西の物語を分類した際、 『見るなのタブー (禁止)』という分類になる。 これらの物語の主人公が、 『見てはいけない』と言われたのに、 『なんで、見てしまうんだ』と思うかもしれない。 しかし、『見てしまったからこそ』、 『物語』となり、語り継がれるのである。 そして、ご閲覧、ありがとうございました。 >読んではいけない。 ⇒ 読まなかった人。 『イザナギ』を超える精神力の持ち主です。 もしも、あなたが、 『イザナギ軍総司令官』で、あったのなら、 日本人は、永遠の命を持ち続けていた事でしょう。 (物語の設定では、『黄泉国編』以降、 神々に寿命の概念が生まれた事になっている。) 心から、尊敬いたします。
by zouchan-land
| 2024-04-12 13:07
| 韓国語 (日本古代史など)。
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